| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨 ESJ65 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-251 (Poster presentation)
遺伝的多様性の減少は、生息地の分断などにより個体群が縮小し、近親交配率が高まることによって生じる。その結果、環境の変化への適応能力や免疫機能の低下、有害遺伝子の顕在化・蓄積の引き金となると考えられているが、実証的研究は極めて少ない。
小型コイ科魚類であるシナイモツゴPseudorasbora pumilaは、絶滅危惧IA類に指定される希少種である。近年、長野県の生息地において吸虫類クリノストマムClinostomum complanatumの濃厚感染を患ったシナイモツゴが多数発見された。本寄生虫は、本来病害性は低いが、大量寄生すると宿主を死に至らしめることが知られている。本研究では、感染率の時空間的追跡調査、ならびに免疫機構を司る主要組織適合遺伝子複合体(MHC)class IIβ遺伝子の塩基配列解析を行い、シナイモツゴ個体群に及ぼす寄生虫感染の影響について考察した。
調査は、寄生虫の感染が確認されている7個体群を対象に2004年から2015年に行った。感染率の推定は、現地での肉眼による観察、魚体のデジタル写真を用いた観察、および解剖といった3通りの方法を併用した。また、同所的に生息する淡水魚の感染率も調査した。合計350個体を用いてMHC class IIβ遺伝子を含む1008 bpの塩基配列を推定し、遺伝的多様性の評価を行った。
その結果、感染率は平均13.2 %(最大84.0%)であり、4個体群において感染率の増加が認められた。同所的に生息するマドジョウやヨシノボリ類に感染は認められなかった(N=20)。シナイモツゴのクリノストマム感染率とMHC遺伝子の遺伝的多様度(HeおよびAr)との間に相関はなかった。しかし、シナイモツゴのMHC遺伝子のアリル多様度Arは3.10であり、近縁種モツゴP. parvaや他魚種の報告例と比較して極めて低いことが明らかとなった。以上のことからMHC遺伝子の多様性の喪失がシナイモツゴへの寄生虫感染の拡大や濃厚感染個体の増加を促した可能性が示唆された。