| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨 ESJ65 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-021 (Poster presentation)
北海道北部の猿払川湿原群には,原生の植生が広域に保存され,ムセンスゲCarex lividaなどの北方系湿生植物が生育している.湿原は標高約30 mの上流域にまで分布しており,中期完新世以降の海退とともに発達した北海道の他の低地湿原とは異なる発達過程を経た可能性がある.この湿原群のうち中流域の2つの高層湿原と下流域のアカエゾマツ湿地林でそれぞれボーリング・コアを採取し,放射性炭素同位体(AMS14C)年代測定と大型植物化石分析を行い,約8,000年前以降の古環境・古植生の変遷を復元した.猿払川下流域の浅茅野西アカエゾマツ湿地林(標高5.8 m)と中流域の猿払川中湿原(標高11.8 m)では,約6,300年前から5,300年前の海水面の低下により,イトクズモやカワツルモなどの汽水生植物が生育していた河口域が埋積して泥炭の堆積が始まり,ミツガシワやミズオトギリといった抽水植物が生育する湿原が発達し始めた.その後,3つの湿原の植生はハンノキ低木林へと変化した.さらに,ハンノキ低木林は,中流域の猿払川丸山湿原(標高15.6 m)と猿払川中湿原ではそれぞれ,約1,300年前と約2,450年前に高層湿原植生に変化し,浅茅野西アカエゾマツ湿地林では約850年前にアカエゾマツ湿地林へと変化した.植生が変化した時期は,東アジア夏季モンスーン活動の衰退に伴って降水量の減少が見られる時期と一致し,河川の氾濫の減少が植生の変化をもたらしたと考えられる.猿払川丸山湿原では,他の湿原よりもハンノキ低木林や高層湿原への発達が遅れたが,これは,最も上流域で洪水の影響を受けやすい位置にあったためだと考えられる.約2,450年前以降の高層湿原への発達は,この時代の気候寒冷化の影響を受けた可能性が考えられる.現在の猿払川丸山湿原と猿払川中湿原に分布しているムセンスゲは,約1,100年前に高層湿原化した猿払川丸山湿原に定着し,それ以降分布を広げた可能性がある.