| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨 ESJ65 Abstract |
シンポジウム S15-7 (Presentation in Symposium)
里地の生態系を維持する機構についての自然科学的な知見は,ある程度充足しているように見える.研究者でなくとも,アマチュアガイドや自然愛好家は,里山や里海の生態系を前に「なぜその生態系が残ってきたのか」を少なからず説明できるだろう.生物多様性の保全は,生態系を維持する機構を詳細に解明する段階から,その機構を発現する社会技術の構築と実装に移行しつつある.言い換えるなら,生物多様性を保全するために社会が支払うコストと,そこから社会が得られるベネフィットを具体的にしながら,バランスシートを示すことが求められている.本発表では広島県内で実装された2つの社会技術について紹介する.
1例目の芸北せどやま再生事業は,約6,500万円の初期投資のみで,984世帯が暮らす地域に年間約1,000万円の地域キャッシュフローを発生させながら,広葉樹薪炭林の活用が進行している.
2例目の環境系NGOのプラットフォームは現在構築中で,2018年5月以降に実装の予定である.県内に存在する70以上の環境NGOが持つリソースを集約し,県行政が環境に関わる政策(生物多様性,温暖化対策,観光,教育,保育を含む)を立案・推進したり,企業がCSR活動を実施したりする上で発生する社会コストを削減することを目指している.設計のためのリソースはすべて市民から提供されている一方で,会議は県庁の会議室で行われている.
社会が多様な主体から成っている以上,システムの構築と実装を進める上では互いに心地良い距離感を保つことが求められる.昭和時代の町レベルと,県レベルの2つのスケールで実装された社会システムの具体例から「自然と社会」「社会の中での市民と行政」そして「多様なステークホルダーと,対峙する生態学分野の一個人」の距離感について考えてみたい.すでに始まっている未来においては,それぞれの距離感は過去のそれとは異なるはずだ.