ESJ56 一般講演(ポスター発表) PA1-210
小高信彦(森林総研九州)
近年、絶滅危惧種ノグチゲラが、リュウキュウマツ(以下マツ)枯死木に営巣・産卵し、繁殖に失敗する事例が観察されるようになっている。ノグチゲラの唯一の生息地である沖縄島北部やんばる地域では、戦後の拡大造林により、有用樹種としてマツが盛んに植栽されたが、マツ材線虫病被害によって大量に枯死している。やんばる地域におけるマツ枯死木大量発生の背景には、人工植栽と外来樹病の侵入という2段階の人為的環境改変が関わっている。マツ枯死木を営巣木としたノグチゲラの繁殖失敗要因の半数は、営巣木の倒壊やカラスによる巣部の損壊など、営巣木の強度不足によると考えられた。
キツツキ類は、心材腐朽した部位に依存して営巣することが報告されている。また、キツツキ類にとって造巣のコストは大きく、巣部の硬さが営巣木選択の重要な要素となっていることが指摘されている。木材試験機レジストグラフを用いて営巣部位付近の強度評価を行った結果、ノグチゲラの一般的な営巣木であるイタジイの場合、辺材部が健全で心材部が腐朽した状態、すなわち、掘りやすく丈夫な状態であった。いっぽう、マツ枯死木の場合は、材の表面から中心部まで一様に柔らかい状態が認められ、掘りやすいが、倒壊の可能性の高い状態であった。イタジイを営巣木とした場合の繁殖成功率と比較すると、マツ枯死木における繁殖成功率は有意に低かったことから、マツ枯死木がノグチゲラにとって質の低いハビタットであることが明らかとなった。
エコロジカルトラップとは、「急激な人為的環境改変によって、ある生物が、より質の 高いハビタットがあるにも関わらず、以前は信頼性の高かった環境指標に基づいて適応的ではないハビタットを選択してしまうこと」である。 本研究により、マツ材線虫病により大量発生しているマツ枯死木は、ノグチゲラにとってエコロジカルトラップとして作用していることが示唆された。