ESJ56 企画集会 T07-4
杉田久志(森林総研・東北)
「偽高山帯」の位置づけについては、地史的観点を導入することによってその理解が飛躍的に深まり、最終氷期から後氷期への環境変化、とくに多雪化によって生じた植生変遷のなかで形成されたと考えられている。しかしながら、古生態学的アプローチにより得られる知見は断片的で、過去の植生の姿を面的に復元するのには限界があり、分布域を拡大する前にオオシラビソがどこにいたのかなどは不明である。また現在の植生の成立に至る変遷は概ね明らかになってきたが、そのような植生変遷がなぜ起こったのかはほとんど論議されていない。多雪化によりなぜバラモミ類などが衰退しオオシラビソが勢力を拡大したのか、なぜ後氷期に入った後もオオシラビソの分布拡大開始が遅れたのか、なぜその分布拡大開始時期が山によってちがったのか、これらの残された問題を解決するために、樹種の分布域や生態的特性など、現在の植生から得られる情報の解析をさらに進める必要がある。本講演では、「偽高山帯」の成因を解明するために現在の植生からのアプローチを試みた解析事例を紹介する。
1)オオシラビソの分布拡大以前の林分はどこにあったのか?
東北地方の針葉樹林帯を欠く山では、現在のオオシラビソ林の分布域は比較的低標高の緩傾斜地に限られた。針葉樹林帯をもつ山において、オオシラビソ林はそのような立地(たとえば湿原周辺など)を出発点として分布を拡大した可能性がある。
2)オオシラビソはなぜ多雪山地で優勢になるのか?
いずれの針葉樹でも積雪の多い山になるほど稚樹や小径木に乏しい傾向がみられたが、オオシラビソは他の樹種(コメツガ、シラビソ)に比べて定着阻害の程度が低く、その傾向は実生段階で成立していた。多雪環境下における実生定着阻害の程度のちがいが樹種の変遷を左右した可能性がある。