ESJ57 一般講演(口頭発表) E1-10
玉置昭夫,長崎大・水産
演者は西九州・天草下島の北西端にある富岡湾の砂質干潟に棲む底生動物群集の変遷を追跡してきた.富岡湾は,有明海と東シナ海に介在する橘湾の支湾である.本干潟には地下深い巣穴に棲む十脚甲殻類のハルマンスナモグリと表在性の巻貝イボキサゴが優占している.前者個体群は1980年代に著しく増え,その強力な基質攪拌作用によって後者個体群を1986年に滅ぼした.その後,1995年から前者が凋落したのに伴い,後者が1998年から復活し現在に至っている.この復活をもたらしたのは卵栄養型発生を行う浮遊幼生である.幼生は,有明海内にある,天草下島・東海岸の6個の干潟から放出され輸送されてきた可能性が高い.これらの干潟のハルマンスナモグリ密度は低く,これがイボキサゴ個体群の存続を可能にしていた.
本研究では,実際にイボキサゴ幼生が輸送されうることを野外調査と室内飼育実験により確かめた.主繁殖期は9月後半〜10月末であり,小潮の3〜5日後の一斉放卵放精を連続3回周期的に行っていた.室内水槽では,幼生の最短浮遊期間は3日間であり,受精後2〜9日までの生残率は15%から0.8%まで推移した.野外では大量の受精卵に続き,幼生と新規着底稚貝が順次現れ,次の小潮までに1コホートが形成された.水柱では25%の幼生が表層1m以内に存在していた.幼生を模した漂流ハガキを産卵周期と同じタイミングで天草下島の東海岸沖で放流し,富岡湾干潟に漂着したものを回収した.その結果,最短3日間で富岡湾に到達し,その個数は北風が起こす吹送流により促進されていた.本結果は,富岡湾干潟のイボキサゴ個体群復活には有明海個体群の存続が前提になっていたこと,また,干潟の局所群集を保全するためには,メタ群集の観点に立って地域スケールにまたがる複数の局所群集を保全することが重要であることを示している.