ESJ58 一般講演(口頭発表) H2-01
川津一隆(京大院・農・昆虫生態)
性の普遍性の説明は進化生態学における重大な未解決問題の1つであるが,その原因である「有性生殖の2倍のコスト」は,オスによる子への投資が少ないためにオス生産が増殖率に寄与しないという条件から産まれる.一方で,「2倍のコスト」条件の下ではオスの潜在繁殖速度が高まり,繁殖成功が交尾メス数に依存する配偶システムの進化につながるため,オス集団では交尾成功を高める形質に強い選択圧が働くことになると考えられる.
以上の観点から単為生殖メスが侵入した状況を考えると,単為メスをも受精可能な形質=対抗形質は交尾成功を高めるためオスにとって有利に働くが,一方で有性生殖は2倍のコストをもたらすため,単為メスにとっては対抗形質を持つオスとの交尾を拒否する形質が有利となる.すなわち「性の維持」問題が扱う状況ではオス・メス間の生殖様式(有性/単為生殖)を巡る対立が存在し,さらに両形質間の軍拡競走がその進化的結末に影響を与えることが予想される.しかしながら,従来の研究はオス・単為メス間の完全な生殖隔離を暗黙の前提としており,このような性的対立の影響は考慮されていない.
そこで今回,私は単為生殖が侵入した下でのオスの対抗形質・メスの拒否形質間の軍拡競走を記述する量的遺伝モデルを作成し,生殖様式を巡る性的対立が性の維持に与える影響の検証を行った.その結果,1)対抗形質が拒否形質に追いつくため集団中では有性生殖のみが行われる,2)両形質が拮抗するため単為生殖と有性生殖が共存する,という2種類の進化的結末が得られた.また,これらの軍拡競走の結末はオスの潜在繁殖速度と両形質の進化速度に依存して決定するが,その領域は(1)の方が大きいことが明らかとなった.以上の結果は,生殖様式を巡る性的対立が性の維持領域を増加させる可能性があることを示している.