ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P2-212
*丸山敦,下仲洋行,伊藤琢哉(龍谷大・理工)
動物の安定同位体比は、餌生物の安定同位体比を一定の濃縮率で反映することから、食性や食物網構造の解析に広く用いられる。しかし、環境変化や実験操作への応答など興味対象の時間スケ-ルよりも安定同位体比の応答速度が遅すぎるために、安定同位体比分析の活用が制限されることが少なくない。逆に、近い過去に移入した個体の同位体比が過去の値を引きずることもあり、このような移入個体を識別できないことは食性や食物網構造の解析の確度を下げることになる。水域生態系において上位の栄養段階を占める魚類の場合、従来の安定同位体比分析には主に筋肉(他に鰭や体全体が一般的)が用いられてきたが、これらの部位の安定同位体比の変化はみな数ヶ月と遅く、短期間の変化を把握したい場合や移入個体のノイズを識別することには適さない。本研究では、δ15Nが特異的に高い琵琶湖から流入河川へと遡上した陸封両側回遊魚トウヨシノボリ当歳魚を半年にわたり採集し(約100個体)、体表粘液、筋肉、鰭、骨、肝臓、胃内容物のδ15Nの変化を比較した。河川での平衡値を求めるために行った成魚の分析では、骨や粘液、鰭のδ15Nは筋肉と比べ1.5‰ほど低い傾向が見られ、同位体分別の違いが示唆された。肝臓や胃内容の値は精度が低かった。遡上後の当歳魚の分析では、δ15Nの応答速度が体表粘液において著しく早く、遡上期1カ月後には移動先の値に収束していた。骨や鰭の応答速度は、筋肉と同等であった。以上より、魚類の安定同位体比分析において体表粘液も分析に加えれば、その早い応答速度により、移動や食性を変化させた直後の個体を特定できる可能性がある。水域における食物網構造の解析において、移動個体の識別、短期的な変化を特定することに貢献すると期待される。