ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P2-259
*寺田千里(北大・環境科学院)・齊藤隆(北大・フィ-ルド科学センタ-)
個体群間の形質変異は、環境に適応した自然選択の結果である場合と、遺伝的浮動などの中立進化による場合がある。これまでの研究で、南日本の島嶼に生息するニホンジカの相対的な足 (中手骨) の長さは島ごとに異なり、屋久島に生息するシカの足の長さは、他の島嶼個体群に比べて顕著に短いことが分かっている。この屋久島個体群の足の短さが、屋久島の環境に局地適応した結果であるか否かを判定することは、屋久島に生息するシカ個体群の保全生物学的な位置づけを評価するためにも重要である。ある地域個体群がその地域に局地適応しているかを検出する手法として、各個体群間の量的遺伝形質の分化程度(Qst)と中立遺伝マ-カ-の分化程度(Fst)の比較が使われる。今回は環境要因による形質変異を含む野外個体群間の表現形質の分化程度(Pst)と遺伝率を仮定して算出したQstの二つの値とFstを比較し、南日本の島嶼に生息するシカ個体群の形質変異が、選択と遺伝的浮動のどちらの効果が強いかを評価した。その結果、相対的な中手骨の長さと、頭蓋サイズ(体サイズの指標)はPstがFstよりも大きかった。このことから他の形質に比べて方向性選択(局地適応)がかかっている部位であることが示唆された。また、中手骨の長さの対屋久島個体群間のPst―Fst差は、他の個体群間のPst?Fst差に比べて大きく、さらに、屋久島個体群は低い遺伝率を仮定してもQstはFstより大きくなった。このことから屋久島個体群の中手骨は他の個体群に比べて強い方向性選択がかかっている可能性が考えられた。