ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P2-286
*小林哲,嶋田正和(東大院・総合文化)
本研究は表現型可塑性が進化的適応に与える影響について、進化における変異のプロセスとそれを生み出す生物の「内的構造(遺伝子制御ネットワ-ク)」に注目した。Kirschner and Gerhart(2005)は進化発生学的な視点から促進的変異理論を提案し、少数のランダムな突然変異がいかにして生物の適応や新奇形質を生み出すのかについて言及した。促進的変異理論が挙げる生物の具体的な性質の中で、進化における表現型可塑性の役割を変異の視点から詳細に解析した理論研究は少ない。そこで本研究は、生物の内部構造を踏まえたモデルで、表現型可塑性が進化を促進するかについて、検証することを目指した。
生物の内部構造と発生過程の一側面を表現する単純なモデルとして、遺伝子制御ネットワ-クモデルを用いた。ネットワ-クの制御構造を遺伝型、各遺伝子の発現のアトラクタ-を表現型として、ある特定の発現状態を達成出来るかについて進化させるシミュレ-ションを行った。本研究では特に外部環境からの入力に応答して可塑的にアトラクタ-を変化させるネットワ-クを構築した。これは世代内で環境の刺激に応答して表現型を変化させる、あるいは加齢と共に行動を切り替えるといった表現型可塑性ととらえることが出来る。これに環境変動を導入して、環境変動後に新奇環境へ適応する進化速度を測った。
結果は、大局的でなく、部分的な環境変動の場合に、環境変動前に表現型可塑性を進化させていたネットワ-クが、コントロ-ルに比べて有意に速く進化的に適応した。このメカニズムを解明すべく、ある一回のシミュレ-ションを詳細に調べたところ、遺伝子制御の階層性の創発や、既存の回路の使い回しが観察され、これらの現象を通して、表現型可塑性が新奇環境への進化的適応に寄与したことが示唆された。