ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P2-295
*東広之(京大・人環), 池田啓(東大・理), 瀬戸口浩彰(京大・人環)
更新世の気候変動は、多くの生物に分布の拡大や縮小、生育適地を求めての移動を強いるものであった。特に氷期における気温低下などにより、多くの植物の分布が縮小したと考えられる。分布の縮小に伴うびん首効果は、レフュジア集団の遺伝的組成に大きな影響を与える。その際に、近縁な分類群の間で、浸透性交雑が起こる可能性も考えられる。イワカガミ属(イワウメ科)は、日本に広く分布している固有分類群である。イワカガミとヒメイワカガミの2種が知られ、これらの変種・品種を合わせて7つの分類群があり、列島内で多様化したと考えられる。本研究では、分布全域からイワカガミ属を採取し、葉緑体DNAのスペ-サ-3領域の塩基配列に基づきハプロタイプを決定した。その結果、34ハプロタイプが見つかり、多型に富むことが分かった。既知の分類群と無関係に、地域固有ハプロタイプによって、むしろ地理的な構造を示した(北日本、中部山岳地域、西日本)。また、日本海側の中部山岳地域では、非常に高いハプロタイプ多様度が見られた。以上の結果から、イワカガミのたどった歴史は次のように考えられる。まず、氷期・間氷期サイクルの影響で集団が拡大・縮小した際に、3つのグル-プに分かれた。それぞれのレフュジアで遺伝的浮動により、ハプロタイプ組成が独自のものへと収束した。この3グル-プが維持されたまま、後氷期に分布を拡大し、現在の系統地理構造が形成された。特に、中部山岳の日本海側は、極めて高いハプロタイプ多様度を示していることから、長期にわたり集団が維持されてきたと考えられる。ハプロタイプが既知の分類群を超えた地理的構造を示したことは、分布縮小に伴う二次的接触の結果、地域ごとにイワカガミ属の中で浸透性交雑を起こしたことを示唆している。