ESJ58 一般講演(ポスタ-発表) P3-033
岡本朋子*, 蘇智慧 (JT生命誌研究館)
2種の生物が互いに強く依存し合う相利共生系の動態は、それらを取り巻く様々な要因によって影響を受けると考えられる。これまでの研究の多くは、共生者2種の関わり合いにもっぱら注目しており、それらに関わる他の生物種の影響はいまだ十分に検証されていない。
クワ科のイチジク属に属するイヌビワ (Ficus erecta) は、花嚢とよばれる袋状の閉じた花序をつけ、その内側に多数の花を咲かせる。雌雄異株のイヌビワの花粉の運搬は、イチジクコバチ科のイヌビワコバチ(Blastophaga nipponica) 1種によって行われ、これらは1種対1種の関係にある。送粉者であるコバチは、雄株の花嚢にはいった場合、授粉と同時に花に産卵し、ふ化した幼虫は子房を食べて成長する。やがて次世代のコバチの成虫が花嚢内で羽化し、花粉を持って他の雌株花序へと移動することで受粉が成立する。一方、雌株にはいったコバチは、授粉は行えるものの産卵がうまくできないため、子孫を残せないが、イヌビワは種子を残すことができる。このようにイヌビワとコバチの2者は互いに繁殖を強く依存し合っている。
発表者らはこれまでの観察で、和歌山県のイヌビワ個体群において、クロツヤバエ科の1種 (未記載) がコバチを捕食していることを発見した。イヌビワの花粉を運搬するコバチの被食は、イヌビワの花粉分散に大きな影響を与えると考えられるため、それを検証した。その結果、クロツヤバエが見られた花嚢では、コバチの羽化率が低くなる傾向がみられ、また、個体群内において、クロツヤバエ発生の時期は、コバチを放出する雄株個体が極めて少ない時期と重なっており、さらにその個体におけるクロツヤバエの寄生率は極めて高かった。これらのことから、和歌山県の個体群では、クロツヤバエによるコバチの捕食はイヌビワの花粉の分散を妨げ、イヌビワの繁殖成功に著しい負の影響を及ぼす可能性を示唆している。