ESJ58 シンポジウム S07-5
冨士田裕子(北大・FSC・植物園)
北海道北部のサロベツ湿原は、昭和30年代からの国家プロジェクトにより、面積約15,000haの6割弱が主に農地として開発された(環境省 2009)。残存する湿原は大部分が国立公園に指定されているが、開発の影響で湿原本来の健全性が損なわれ、高層湿原や中間湿原植生内へのササの侵入や、排水の影響による湿原植生の退行が顕在化している。このため、平成17年1月に発足した自然再生協議会で湿原再生にむけて議論が進められ、いくつかの事業が実施されている。
自然再生全体構想、自然再生事業実施計画書の作成には、昭和30年代からの大規模開発開始時の総合調査にはじまり現代に至る、約50年間にわたって蓄積されてきた知見・研究成果が利活用された。自然再生全体構想では、湿原とその周辺地域の時空間変化を検討し、湿原域の4つの課題(湿原の乾燥化、ペンケ沼への土砂流入と河川水質汚濁、泥炭採取跡地の再生、砂丘林内湖沼群の水位低下)と、地域社会の課題として湿原と共生する農業の振興、自然・観光資源の有効活用が挙げられている。
このような自然再生の目標設定や再生・管理技術、モニタリング手法の検討・提案のためには、生態系の現状、長期的な環境や生物相の変化とその関係の理解、生態系変化のプロセスとメカニズムの解明といった科学的知見が不可欠である。さらにそれらをもとに、人為的影響の程度の評価、今後の変化予測が必須となる。我々は2006年より様々な研究分野の専門家から成るプロジェクトチ-ムを結成し、サロベツ湿原とその周辺地域をつなぐ河川と地下水からなる生態系を研究対象とし、上記の未解明の課題に様々な手法で取り組んできた。
本報告では、サロベツ湿原を例に、自然環境の保全・再生に不可欠な調査研究成果の重要性とその役割について考察する。