ESJ58 シンポジウム S08-3
梶光一(東京農工大・農)
日本列島の哺乳類相は、南北3000キロにわたる亜寒帯から亜熱帯の多様な気候帯や高山帯を有すること、大陸との接続や分離などの繰り返しなどを背景に多様性が高い。ブナ科堅果は高い生産性をもち、多くの野生動物を支えてきた。弥生時代になって本格的な水田稲作農業が始まると野生動物は食糧資源であるとともに農業被害をもたらす二面性を持つことになった。新田開発が盛んに行われた江戸時代には、シカ・イノシシの獣害が激化し、全国の農村のいたるところに「しし垣」が作られたほか、火縄銃は農具として獣害防止に用いられた、組織的で大規模な駆除も実施された。江戸時代に広域にみられたが現在絶滅したものにオオカミ、カワウソなどがあげられる。また、ニホンザル、クマ、キツネ、イノシシ、カモシカなどが地域的に絶滅した。18世紀後半から19世紀にかけて、オオカミは牧場で馬を殺し、あるいは狂犬病に罹り危険な動物となり、その対抗措置としてオオカミ狩りが行なわれた。江戸時代、里地は農民が農業生産物を獣害から守るために野生動物との攻防をくり返す最前線であった。明治期から大正期にかけては、村田銃の一般への普及や軍需用毛皮の需要が世界的に高まったことから、野生鳥獣の減少に拍車がかかった。戦後は、一転して枯渇した野生動物の回復が目標となり、メスジカの禁猟や保護区の設定などさまざまな保護措置がとられた。昭和30年代以降の拡大造林政策、昭和30年代後半からの草地造成事業などによる人為的な土地利用の改変と保護政策は今日の野生動物の被害発生や生息数と分布回復の原因となった。増加を続ける耕作放棄地や里山放棄地は、野生動物の隠れ場や生息の場となり、分布拡大と生息数増加を招いている。今日我々は、人間の生活空間の縮小と野生動物の生息地の拡大という、これまで直面したことのない時代を迎え、土地利用の再編成や野生動物管理制度の設計が切実な課題となっている。