ESJ58 シンポジウム S08-4
白水智(中央学院大・法)
ジャレド・ダイアモンドは、世界の諸文明が歴史上破滅に至ったり、あるいはそれを回避して持続した要因について刺激的な説明をなし、国際的に注目を浴びた。氏は日本の事例についても言及し、森林に覆われた自然環境の破綻が人口稠密な江戸時代(近世)の日本において回避された理由を、上意下達の貫徹する社会の中で、有能な支配者による森林保護政策が有効に機能したためと説明している。
しかし歴史学的に検討すると、氏の説には荒唐無稽ともいえる記述が多く、当時の社会の実像に即した見解といえるかどうか大きな疑問がある。果たして近世日本において自然環境の保全がなされた要因はどこにあったのか、支配者による森林保護政策が主因とする理解は正しいのか。本発表では、これらの問題について、歴史学の立場から再検討を加えていくことにする。
まずはダイアモンドの所説が大きな批判もなく日本で容易に受け容れられた背景について、従来の歴史学の描いてきた日本史像の偏りとその結果醸成された国民的理解の問題に触れ、その上で信越国境(長野・新潟県境)に位置した山間地の争論を手がかりに、近世という社会システムの中で在地住民が地域環境保全にどのように対していたかを考えていきたいと思う。