ESJ58 企画集会 T13-3
佐藤正典(鹿児島大・理)
1997年に諌早湾の広大な泥干潟を閉め切った諌早湾干拓事業については、当初から、大きな悪影響が懸念され、生物学の研究者グル-プ(底生生物研究者有志、日本生態学会、日本魚類学会、日本ベントス学会自然環境保全委員会)は、これまでに合計4件、同事業の中止・中断、諌早湾の原状復帰、あるいは長期開門調査の実施などを求める要望書を国や地元自治体に提出した。しかし、これらの要望は無視され、事業は強行された。案の定、有明海(特にその奥部)では、環境悪化(赤潮や貧酸素水塊の頻発など)とそれに伴う漁業不振が起こったが、社会の対応はあまりにも遅かった。農水省「第三者委員会」が長期開門調査(閉め切られた諌早湾の内部に海水を導入し、そこを再び汽水域に戻し、閉め切りの影響を検証する調査)の実施を提言しても(2001年)、佐賀地方裁判所が、その調査を国に命じる判決を下しても(2008年)、それは実施されなかった。2010年12月の控訴審判決によって、ようやく開門調査の実施が確定したが、干拓地への農家の入植(2007年)の後になったために、問題を複雑なものにしてしまった。
瀬戸内海の周防灘では、ここが「生物多様性のホットスポット」であるにもかかわらず、原子力発電所の建設が計画されている。これに対して、3つの学会(日本生態学会、日本ベントス学会、日本鳥学会)がもっと慎重な環境アセスメントを求める要望書(合計12件)を事業者や監督官庁に提出している。しかし、それらは無視され、埋め立て工事が始まろうとしている。このままでは、取り返しのつかない損失がもたらされるにちがいない。それは、内湾生態系の基礎と原子力発電所の廃熱システムを知るならば、明らかに予見できることである。社会問題になるような人間の被害が現れてから対処するのでは手遅れであるので、今、基礎生物学が果たすべき役割は大きい。