日本生態学会 関東地区会

公開シンポジウム: 国研が取り組む生物多様性・生態系研究のフロンティア

概要

日時  2019年10月26日(土)13:30~

会場  東京大学 弥生キャンパス フードサイエンス棟 中島記念ホール

企画者  高木香里(東京大学)

生態学は基礎学問として面白いだけでなく、人を取り巻く環境問題の解決や、国や地方自治体の政策提言にも貢献できる重要な学問分野です。近年地球温暖化や生物多様性の喪失など、人の生存にも直接かかわるような環境問題が増えている中で、問題解決のための研究に重きを置き、中心的な役割を担っているのが国の研究所(国研)だと思います。大学に比べれば自由度は限られるかもしれませんが、社会課題に直結する大変インパクトのある研究に取り組んでいます。しかし、これまで生態学に関わる国研の先端研究をまとめて聴ける機会はほとんどなく、特に学生やポスドクにとっては、個々の研究課題の詳細を理解している人はほとんどいないと思います。そこで、本集会では様々な国研で活躍されている若手・中堅研究者の方々をお招きし、具体的な研究内容や将来展望、いま国研が必要としている人材、学生や大学教員に向けたメッセージなどを話していただき、参加者も含めて幅広い議論をすることを目的としています。

プログラム

13:30-13:40 「趣旨説明」 高木香里(東京大学)
13:40-14:10 「生態系への気候変動影響と適応」
角谷 拓 (国立環境研究所)
14:10-14:40 「地域の研究拠点としての国立環境研究所福島支部:避難指示区域の生態系モニタリングを例に」
吉岡明良 (国立環境研究所)
14;40-15:10 「生態学で深める外来種問題の理解」
亘 悠哉(森林総合研究所)
15:30-16:00 「食糧生産と生物多様性保全の両立を目指して」
片山直樹 (農研機構・農業環境変動研究センター)
16:00-16:30 「クモの基礎研究から農地の生物多様性保全の応用研究へ 」
馬場友希 (農研機構・農業環境変動研究センター)
16:30-17:00 「漁業データから見えてくる水産資源の時空間分布と個体群動態」
西嶋翔太 (水産研究・教育機構 中央水産研究所)
17:00-17:15 コメント 鷲谷いづみ(中央大学)
17:15-17:30 総合討論 宮下 直(東京大学)

要旨

「生態系への気候変動影響と適応」 角谷 拓 (国立環境研究所)

気候変動は、平均気温の上昇だけでなく、夏季や冬季の異常高温や低温、干ばつや局所的な集中豪雨の頻度の上昇などを引き起こし、その影響は、海洋から高山まで広範な生態系で顕在化しています。気候・気象条件は生物生育・生息や、物質循環も含む生態系の様々なプロセスを規定するもっとも基本的な要因いわば前提条件であり、その変化は生物の分布や生態系の構造の変化を広範囲で引き起こします。このような避けられない生態系の変化の下で、どのように生物多様性を保全し、ひいては人間社会がよってたつ基盤である生態系の健全性を維持していくことができるかという問いに答えることが、気候変動適応を支える科学研究における喫緊の課題です。この講演では、国立環境研究所で2018年度より開始された気候変動適応に関する研究プログラムのうち、生態系分野に関連の深い取り組みを紹介します。また、気候変動適応研究を契機に検討を始めた、生態系の適応力とは何かという点についても議論します。

「地域の研究拠点としての国立環境研究所福島支部:避難指示区域の生態系モニタリングを例に」 吉岡明良 (国立環境研究所)

東日本大震災とそれに伴う原発事故を受けて、国立環境研究所は被災地支援のために「災害環境研究プログラム」を立ち上げ、その拠点として研究所初の地方組織となる福島支部を設立した。演者は被災地、特に原発事故による避難指示区域の陸域生態系モニタリングを担っており、昆虫類をはじめ哺乳類や鳥類、カエル類の実態解明に携わってきた。福島県内の避難指示区域の放射線量は野生生物の個体群に直接的に致命的な影響を与えるほどではないと考えられていたが、農業等の人間活動が営まれなくなることにより、農地を含む里地里山的な環境を利用していた生物に影響が及ぶことが予想されたためである。演者らが行った調査では、避難指示区域外と比べて避難指示区域内で個体数が少ない送粉昆虫は限られており、現時点では避難指示が送粉サービスに大きな影響を及しているとは考えにくいこと等がわかってきた。その一方で、トンボ類等の里地里山の指標的な生物の一部に関しては、避難指示区域のような立ち入り制限のある場所では既存の方法によって効率的に調査するのが難しいという問題もあった。そのため、演者は所内外の研究者と協力しながらアキアカネ等を自動撮影する装置の開発等も行ってきた。本講演ではそのような研究の取り組みを紹介しつつ、それを支える福島支部の特殊な体制や地域との関わり、それらを踏まえた展望や課題等を説明する。

「生態学で深める外来種問題の理解」 亘 悠哉(森林総合研究所)

外来種問題は世界各地のあらゆる生態系で顕在化し,日本でも大きな社会問題となっています.特に,もともと捕食者のいない島に外来捕食者が移入された場合,生態系に甚大な被害が生じることがあります.多くの島からなる日本の生物多様性は,外来種に対してきわめて脆弱であり,外来種対策の成否が将来の日本の生物多様性を左右するといっても言い過ぎではありません. 外来種対策の成功の鍵は,長期的視野に立ったロードマップの構築と関係者間の連携にかかっていますが,そのためには,外来種の影響が生じる仕組みを理解することがあらゆる場面において役立ちます.外来種問題はまさに生態学が大きく貢献できうる課題であるといえます.本講演では,私が取り組んでいる奄美大島のマングース問題など,日本の離島で甚大化している外来種問題を紹介し,生態学的な研究アプローチがどのように対策に貢献しうるか,いくつかの例についてお話ししたいと思います.

「食糧生産と生物多様性保全の両立を目指して」 片山直樹 (農研機構・農業環境変動研究センター)

農地の生物多様性は、天敵による害虫捕食や送粉などの生態系サービスを通じて、農業の持続可能性に大きく寄与していると考えられる。しかし、世界各地の集約的農業や耕作放棄によって、農地の生物多様性とそれに由来する生態系サービスが脅かされている。農業生産の持続可能性を高めるため、生物多様性をこれまで以上に保全・活用するための技術開発が国内外で求められている。そのためには、そもそもどのような農業が生物多様性を保全できるのかを明らかにする必要がある。ところが、こうした基礎的な知見の蓄積において、日本は欧州や北米と比較して非常に遅れている。そこで今回は、水田の有機・特別栽培による生物多様性の保全効果を、全国規模の野外データを用いて検証した結果について報告する。また、こうした研究成果がどのように社会に還元されうるのか、についても情報を共有したい。最後に、食料生産性と生物多様性の両立を実現するための今後の展望や、必要な研究人材についても議論したい。

「クモの基礎研究から農地の生物多様性保全の応用研究へ 」 馬場友希 (農研機構・農業環境変動研究センター)

農研機構・農業環境変動研究センターでは、気候変動や土地利用の変化等が農業生態系や作物生産に及ぼす影響を明らかにする研究に取り組んでいます。現在私が所属する生物多様性変動ユニットでは、農業生産と生物多様性保全の両立を目指して、主に農作物の栽培方法の違いや土地利用の変化が生物多様性に及ぼす影響、さらに生物多様性が生み出す生態系サービスを評価する研究を進めています。私は元々学部・大学院では節足動物のクモを題材とした行動・進化生態学の研究を行っており、博士号を取得するまでは、農業や生物多様性保全に関する研究は一切行ってきませんでした。しかし、その後クモという研究材料を通して、農林水産省委託プロジェクト研究「農業に有用な生物多様性の指標及び評価手法の開発」に関わることになり、その流れを受け、現在の生物多様性保全に関する仕事に従事することになりました。ここでは、私のように元々基礎研究分野を専攻していた者が、どのような過程を経て生態学の応用研究分野の仕事に従事するようになったか、その経緯を紹介したいと思います。その中で、研究分野を変える上で大学院教育が有効であること、基礎研究で培った知識・技術は応用研究の分野でも活かしうること、そして農業研究の現場で今、どのような人材が必要とされているかなど幅広くお話しできればと思います。

「漁業データから見えてくる水産資源の時空間分布と個体群動態」 西嶋翔太1・片町太輔2・金森由妃1・岡村寛2 (1: 水産研究・教育機構 中央水産研究所 2: 水産研究・教育機構 瀬戸内海区水産研究所)

私たちは、日々の食卓に上がる水産資源を持続的に利用するため、資源評価や資源管理の研究に取り組んでいる。水産資源研究には、多くの不確実性が付きまとう。水産資源の毎年の加入量はしばしば大きく変動する一方で、資源評価の肝となる漁業データはデザインされた調査データとは異なるため、潜在的なバイアスを含んでいる。今回の発表では、高い不確実性下において正確な資源評価を行うためのアプローチを2つ紹介する。ひとつは、Vector Autoregressive Spatio-Temporal (VAST) モデルと呼ばれる手法で、調査データや漁業データから適切な資源量指数を算出するのに使用される。VASTは空間や時間の自己相関を含むモデルであり、相対的な局所密度をランダム効果で推定するため、分布の時間変化を詳細に明らかにすることができる。本発表では、はえ縄漁業のデータから、トラフグの分布重心が北上していることを明らかにした研究を報告する。次に、State-space Assessment Model (SAM) と呼ばれる、状態空間モデルによって資源評価を行う取り組みを紹介する。SAMは、漁獲量や資源量指数のデータの観察誤差と、加入変動などのプロセス誤差を分離し、毎年の個体数や漁獲圧をランダム効果で推定する。SAMは近年、海外の資源評価で導入され始めており、今回は日本のマサバやスルメイカに適用した例を発表する。VASTもSAMにおける多くのランダム効果を含むパラメータ推定は、Template Model Builder (TMB) という高速最適化ソフトを使用して実施されており、TMBの有用性についても説明したい。