| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


企画集会 T06-3

異時的隔離がもたらす時間的輪状種

山本哲史(京都大・理)

地理的障壁を囲むように分布を広げ、輪状につながっても、分布両端の集団が生殖的に隔離されて共存することがある。これを輪状種と呼ぶ。一般に種分化は非常に長い時間スケールで起こるため直接観察することは難しい。しかし輪状種は、近接する集団間では遺伝的交流があるにもかかわらず最終的に分布の重複した集団間には生殖的隔離があることから、種分化に至るプロセスが示されていると考えられている。

冬季活動性蛾類であるクロテンフユシャクは関東平野や東海、近畿地方以南の温暖な地域では冬を通して成虫が活動するが、中部地方以北の真冬に気温が著しく低下し積雪が多いような寒冷地では成虫の活動が初冬と晩冬に分断されることが知られている。AFLPマーカーを用いた集団遺伝学的な研究から寒冷地の初冬集団と晩冬集団は遺伝的に隔離されていることが明らかとなっている。このことから寒冷地における真冬の厳冬環境は時間的な障壁として機能している可能性がある。

クロテンフユシャクの分布域のほぼ全体からサンプルを集めミトコンドリアDNAの系統地理解析を行ったところ、寒冷地では初冬集団と晩冬集団は互いに異なる系統であり、温暖地である京都では集団内に両方の系統を含んでいた。また、この2系統は中国・四国地方という比較的狭い範囲で分化したことが示唆された。以上の結果から、クロテンフユシャクは中国・四国地方から分布拡大する過程で、厳冬期を避け、その前後の時期を利用しながら北上し初冬型と晩冬型へ分化していったと考えられた。

本発表では厳冬期という時間的障壁を取り囲むように分布拡大した本種を時間的輪状種と考え、初冬型と晩冬型の種分化プロセスについて考察する。また温暖化などによる冬季環境の変化が時間的障壁の機能を低下させている可能性についても議論する。


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