| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


企画集会 T12-4

冬期湛水の取り組み実態とその課題

嶺田拓也(農研機構・農村工学研究所)

「冬期湛水」とは,非灌漑期の水田が湛水状態にあることだが,一般的には,排水改良など乾田化対策が施された水田において1990年代から新たに取り組まれてきた,刈取り後暗渠を閉じて能動的に湛水する行為を指す。2003年には全国22県128ha以上で実施され,現在でも各地で取り組みが拡がっている。現在では,農薬・化学肥料を使用しない有機栽培の作業体系にも取り込まれることも多く,水稲栽培期も含めた一貫した圃場管理技術として認識されている。従って,冬期湛水への期待としては,水鳥を含む湿地生物に対する生息環境の提供以外に,イトミミズによる雑草抑制の可能性や,「環境保全米」として付加価値の付帯など営農的な側面も大きいことが特徴である。そのため,冬期湛水は,非灌漑期のみならず水稲生産活動を通じて,良好な生産環境を維持しつつ生物相保全を中心とした多面的機能の発揮が期待できる技術として注目されている。

本報告では,非湛水期間の活用で時間的に生産プロセスと切り離し,また,有機農業と結びついて生産プロセスの改善に伴う生物相保全機能の発揮を期待して「冬期湛水」を実施している宮城県大崎市の事例を中心に,持続可能的な生産という前提のもとで,「規範的」に生物相保全機能が発揮されるためのフレームワークについて考察する。

冬期の水域拡大における飛来冬鳥の利用状況の把握と水路内の魚類の生息環境に及ぼす影響を検討したところ,水田雑草の多発による減収がみられ,生産性が犠牲となっている側面が伺えた。これらの事例から,水田における生物相保全機能が規範的に発揮されるためには,1)生産プロセスの改変に伴う持続的生産性の犠牲,2)特定の生物に対する保全目的化による生物群集の変質,3)スケールメリットの追求による土地利用の多様性(時空間的モザイク)の減少,などが課題と考えられた。


日本生態学会