| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第56回全国大会 (2009年3月,盛岡) 講演要旨


企画集会 T28-2

社会性昆虫のコロニーの迅速な適応:階級分化と労働分業の可塑性

柴尾 晴信(東大・総合文化・広域)

生物が周りの環境に適応して生きていくうえで表現型可塑性の果たす役割の重要性が認識されている。表現型可塑性は、行動や形態、生理的特性など、あらゆるスケールの表現型において見出され、生物間相互作用あるいは環境との相互作用を変化させることにより、自然選択のフィードバックを受けながら生物の形質を適応的に変化させる。表現型可塑性の影響は直接効果だけでなく、同種あるいは他種の生物個体を介して間接的にも働きうる。

生物システムの極致の1つとして、社会性昆虫のコロニーを挙げることができるだろう。形態的・行動的・生理的に分化したさまざまな階級を構築する多数の個体が、局地的な環境入力に対してそれぞれ反応を示し、その総和が調和的かつ適応的なコロニーレベルの応答として出力される。この生物システムの進化・維持機構を解明するうえで、個体レベルの行動の可塑性や表現型多型のメカニズムおよび個体間相互作用によって生み出されるコロニーレベルの”迅速な適応性”について理解することが不可欠である。

社会性アブラムシには、繁殖に専念する生殖階級と、自己犠牲的な利他行動をおこなう不妊の兵隊階級が存在する。両者は単為生殖で産まれるため遺伝的に同一のクローンであるにもかかわらず、異なった形態や行動を示す。それゆえ、社会性アブラムシは行動の可塑性や表現型多型のメカニズムを解明するのに適した材料である。本講演では、社会性アブラムシをモデル系として、社会性昆虫類のコロニーにおける迅速な適応のメカニズムの解明に取り組んだ我々の研究例を紹介したい。遺伝子レベルから集団レベルまでの各生物学的階層をつなぐ現象のメカニズムの解明が、社会性生物における不妊階級の分化および分業や社会行動の統御メカニズムの理解に不可欠であることを指摘したい。


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