| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨
ESJ59/EAFES5 Abstract


シンポジウム S10-3 (Lecture in Symposium/Workshop)

カーソンの文学(ネイチャーライティング)―――「海の三部作」より

浅井千晶(千里金蘭大)

海洋生物学者であったレイチェル・カーソンの『潮風の下で』(1941)、『われらをめぐる海』(1951)、『海辺』(1955)をネイチャーライティングとして捉え、近年の環境批評の成果を踏まえて考察する。カーソンの環境文学作家としての位置づけを考えるとき、環境批評の大家ローレンス・ビュエルの評価は傾聴に値する。ビュエルは「自然について書くきわめて伝統的なスタイルを示す最初の著書『潮風の下で』から、最初の著書の多くの資質と言外に含まれる価値を持ちながら、二十年後の『沈黙の春』へ」発展したとカーソンを評価する。海に関する三部作で科学者として海を観察し、作家として海の生命の営みを読者に伝えたカーソンは、永劫不変にもみえた自然界が環境から悪影響を受けていることを認識したとき、環境汚染を告発する環境作家へと変容したのである。

ネイチャーライティングは、自然風景や動植物を観察の対象とし著者の個人的思索をともなう文学的要素をもつノンフィクションと簡単に定義できるだろう。科学も文学も真実を発見し解明することが目的であるのは共通すると考えていたカーソンは、相反する二つの文化とみなされていた「科学と文学の融合」を著作で目指した。それゆえ、「海の三部作」は緻密で正確であると同時に美しい韻律をもつ文体で記され、カーソンは科学に裏付けされたネイチャーライティングの作家として世間の信頼を得たのである。

カーソンは人々が周囲の森羅万象の驚異と現実に興味をもつなら人間による生態系の破壊をもたらす行為は減少すると信じ、小論「ネイチャーライティングの意匠」においては、われわれは先人を模倣するのではなく思考や知識の領域の開拓者であらねばならないと発言している。カーソンの作品は、自然の驚異や、生物と生物、人と生物(自然)の相互作用に読者の目を向けるだけでなく、自然と人間社会との新しい関係を志向することを読者に要求しているのかもしれない。


日本生態学会