| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨
ESJ60 Abstract


シンポジウム S10-1 (Lecture in Symposium/Workshop)

山岳アリの標高傾度にそった遺伝的多様性

上田昇平(信大・山岳総研)

最終氷期が終わってから約1万年の間,日本の山岳生物は山岳地域ごとに隔離され,それぞれ独自の進化を歩み,山域ごとに固有な遺伝的分化を引き起こしつつあると考えられる.その一方で,水平方向だけではなく垂直方向に沿った環境の違いも,山岳生物の適応進化に影響を与え,標高上下間での生態的・遺伝的分化を引き起こす可能性が指摘されている.現在,山岳生態系は,人間活動に伴う地球規模の温暖化の影響を受け消失の危機にあると考えられており,山岳地域という環境下において遺伝的分化がどのように引き起こされたかを解明することは急務である.しかし,中部山岳地域における動物群集の遺伝的多様性の詳細を検証した研究はない.そこで,我々は,アリ類を指標生物として,中部山岳地域における山域間および標高間の遺伝的多様性の実態を探ることを目標とし,研究をスタートさせた.

最初に,我々は,乗鞍岳においてアリ類の種ごとの垂直分布を調査し,遺伝的多様性の解析に用いる指標種を選定した.その結果,幅広い標高分布範囲を持つ山岳性のシワクシケアリが指標種として選定された.次に,我々は中部山岳地域の広域から採集したシワクシケアリを用いて分子系統樹を作成し,遺伝的分化の地理的パターンを検証した.その結果,単一種と考えられてきたシワクシケアリの中には複数の遺伝的系統が存在すること,および,それぞれの系統は標高ごとに分化していることが明らかになった.さらに,我々は,発見された遺伝的系統間に生殖隔離があるか否かを検証するため,生殖隔離に関与する形質である体表面炭化水素の化学分析をおこなった.その結果,より高標高域に分布するアリ系統は,体表面炭化水素の分化も伴っており,生殖的に隔離された「種」の可能性が高いことが示された.


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