| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第60回全国大会(2013年3月,静岡) 講演要旨 |
日本生態学会大島賞受賞記念講演 1
地球温暖化の植生分布への影響が懸念されている.日本は山岳環境のため植生は標高傾度にそって変化する.中部地方では標高が上がるにしたがい,落葉広葉樹林から常緑針葉樹林,そしてハイマツ林へと変化する.標高傾度にそった植生変化は温度と関係しているため,温暖化は植生分布を変化させる可能性がある.私はこの影響評価を行うために,中部山岳の乗鞍岳(標高3026m)において研究を行なってきた.
まず標高傾度(800~3026m)にそった植生構造を詳細に調べた.低い標高では樹木の幹には風雪などによる物理的ダメージを受けていた個体はなかったが,高木限界付近から高木限界(2500m)にかけて物理的ダメージのあった個体の割合が増加していたことから,風雪による撹乱が高木限界の形成に重要であることが示唆された.
過去の樹木の成長と気象の関係から樹木の成長に対する気象条件の影響を標高傾度にそって調べた.その結果,冷涼な高い標高ほど,夏の気温が高いと成長が増加していたため,温暖化は高い標高の樹木の成長を高めることが示唆された.
さらに,過去の成長-気象の関係から統計モデルを構築し,これに大気大循環モデルによる気候変化予測シナリオを代入することで,温暖化の樹木の成長に対する予測を行い,高い標高ほど温暖化によって成長が増加する傾向が予測された.
もし高木限界や森林限界の形成の主要因が低い気温による成長阻害であれば,発達した樹林帯から高木限界にかけて高木種の樹木の成長は減少することが予測される.調べた結果,樹林帯の上部から高木限界にかけて,標高差わずか150mの間で樹高は約1/3に大きく減少するものの,成長率は減少しなかった.一方,冬期の強風などの撹乱によって死亡率は増加していたことから高木限界の形成には低温よりも撹乱が重要であることが示された.つまり,たとえ樹木の成長が温暖化によって増加しても,撹乱による死亡率が高いために高木限界の標高は上昇しないことが示唆された.
温暖化によって標高傾度にそった植生分布は上昇すると考えられてきたが,少なくとも高い標高域の植生はそうはならないことが,野外調査に基づいた研究から明らかになった.植生への温暖化の影響予測を行うためには,更新動態の諸過程にどのように気象条件が影響しているかを解明する必要があるだろう.