| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第60回全国大会(2013年3月,静岡) 講演要旨


日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 1

化学物質の"安全"濃度を野外の生物群集から推定する

岩崎 雄一(東京工業大学大学院理工学研究科)

人為的な活動によって環境中に排出される化学物質が生物・生態系に及ぼす影響(生態リスク)を低減することは,環境基準の設定が例として挙げられるように環境政策上の重要な課題として扱われている。このような政策的要求を受け,化学物質の生態リスク評価は室内毒性試験から得られる個体の生存や繁殖等への影響を援用することで行われている。限られた時間内に観察される単一の種への影響を評価する室内試験は比較的安価で高い再現性を持つ一方で,室内試験結果から野外の個体群や群集への影響を予測することが困難であることは古くから指摘されている。

そこで,私はこれまでに,水生生物の保全を目的とした水質環境基準が設定された亜鉛に着目し(淡水域の基準値:30 μg/L),この基準値前後での野外影響を明らかにするために,休廃止鉱山周辺の河川を対象として亜鉛濃度が底生動物群集に及ぼす影響を調査してきた。その結果,基準値の2~3倍程度の亜鉛濃度は底生動物群集の種数に顕著な影響を及ぼさないことが示唆された。環境基準の目的が水生生物の個体群の存続であるという観点から,底生動物の種数をその指標と考えた場合,本研究の結果から基準値は予防的であることが示唆される。また,同様に英国,米国,日本の金属汚染河川における約400地点での野外調査結果を用いて,亜鉛,銅,カドミウム,マンガンの金属が底生動物の種数に顕著な影響を及ぼさない閾値濃度(安全濃度)を推定した。得られた推定値は,信頼区間は大きいものの,各国の基準値等と重複しており,野外調査データからそれら基準値の信頼性を補完する結果を提供できた。

化学物質の生態リスク評価の分野において,野外調査に対する評価は高くない。もちろん,野外調査も万能ではないが,以上の研究結果が示すように,慎重な調査計画や適切な統計手法を用いることで,室内試験結果を基にする生態リスク評価結果の信頼性を評価・補完できる情報を提供できる。室内毒性試験結果から自然条件下における生物・生態系への影響を正確に予測することが困難であることを考えれば,野外の生物群集の応答を調査・モニタリングしていくことは実質的に効果的な管理を実施していく上で不可欠であろう。

日本生態学会