| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第60回全国大会(2013年3月,静岡) 講演要旨


日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 2

イトトンボの種内多型の進化とその副産物

高橋佑磨(東北大・生命科学)

種内の遺伝的多型は、野外観察のみで遺伝子頻度の時空間的変異を定量化できるため、進化学や生態学において古くから盛んに研究されてきた。これらの研究が自然選択の理解をはじめ、多様性の維持機構や種分化の初期過程などの理解に大きく貢献してきたことは言うまでもない。しかし、多様性の維持機構のような一般的な機構でさえ、決定的な実証例は驚くほど少ない。因果性を担保できない断片的な状況証拠は、選択の機構と一対一で結びつくものではないためである。 トンボ目では雌にのみ遺伝的な多型を示す種が高い割合で存在し、雄に似た表現型をもつ型と雄とは異なる色彩を呈する型が共存する。このような雌の多型は、繁殖を巡る雌雄の利害の対立に対する雌の対抗適応として生じ、負の頻度依存選択によって集団中に維持されると考えられている。私は、雌に2型を生じるアオモンイトトンボにおいて多型の進化・維持機構の実証を試みた。本研究では、多角的検証により、選択の引き金となる行動的基盤と選択の結果としての遺伝子頻度の動態との因果性を一直線に結びつけることで負の頻度依存選択の検証を試みている。 雄の配偶者選好性を調べたところ、各個体は自信の交尾経験に依存して数時間だけ選好性を偏らせることがわかった。集団レベルでは、交尾経験後の雄において多数派の型を選好する割合が一時的に増加した。結果として、多数派の型は雄のハラスメントによって産卵や採餌を妨害されやすくなり、少数派の型の相対適応度が高くなった。野外個体群では、世代を通じて型比が周期的に振動していることが観察された。したがって、本種の多型は頻度依存的なハラスメントによって生じる少数者有利の効果により集団中に維持されているといえる。分子生態学的解析を行なったところ、色彩遺伝子は中立遺伝子と比べて集団間変異が著しく小さく、色彩遺伝子に対する負の頻度依存選択の存在が裏付けられていた。一連の研究は、複数の状況証拠の因果性を担保しながら、多様性の維持機構としての負の頻度依存選択を実証した数少ない例である。 さらに本研究から、種内多型が進化する過程において個体の平均適応度の増加を通じ、個体群動態が変化している可能性が示唆された。進化的変化の副産物として生じる人口学的動態へのインパクトの理解は、生物の分布や豊富さ、絶滅リスクの理解や、種多様性の進化を理解する重要な発見をもたらすと期待される。

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