| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第63回大会(2016年3月,仙台) 講演要旨


日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 1

生理-生態-進化を数理で結ぶ ~次世代のJanzenを目指して~

立木 佑弥(九州大学大学院理学研究院)

 私たちは生活の中で時の移ろいを五感で感じる。しかし、私たちにとって刹那に感じるその瞬間にも状態変化は起こり、悠久に感じる時の流れの中で私たちは祖先から進化し、環境変化に適応し、適応的利害対立の中で合理的な振る舞いをとってきた。 生態学的現象がいかなる理由で進化したのかを問う進化生態学においては、変異が起こり集団に固定するまでの比較的長いタイムスケールの出来事に思考をめぐらせる。その背景には、個体の誕生から、繁殖、死亡に至る世代交代プロセスがあり、もっと短いタイムスケールでは個体の中での一連の遺伝子発現により制御される生理的基盤が存在する。このようにスケールの異なるイベントを結びつけ、複雑な思考する際、数理モデルを活用する事は一つの有効な手段であろう。

 私はこれまで植物における長周期の同調繁殖現象に興味をもち、数理モデルを用いた理論研究をおこなってきた。多くの樹種ではその種子生産量に年変動があり、その変動が同調することが知られていた。これはマスティング現象とよばれ、その内生要因として、樹体内に資源を貯蔵し、繁殖に投資することで資源枯渇が起こり、再び資源を蓄積する待ち時間が生じることで豊作と不作のリズムが生まれるという資源収支の観点からモデルが提案されていた。適応的意義に関しては、大量同時開花によって受粉率が高まる、または不作年に捕食者数を減少させることで開花時の種子生存率が高まるといった議論がなされ、理論と実証両面から研究成果が蓄積されてきた。確かに種子生産や生存の最大化を達成するという観点は繁殖成功に直接作用するのだが、これらの議論において、芽生えから繁殖までの世代交代プロセスが軽視されがちであった。林床は一般に暗く、成木の枯死により光環境が改善しない限り稚樹は大きく成長することができない。

 これらの背景をふまえて、各個体の繁殖動態が資源収支モデルに規定されていると仮定し、森林における世代交代を考慮した上でマスティングの進化条件をもとめた。その結果、林床での稚樹の生存率が高いことが必要条件となった。この結果は種子生産や生存の観点だけでなく、生理から世代交代様式までの生活史の全体を考慮するアプローチによって明らかになったものである。生理から生態、進化までを数理モデルによって結ぶことで、生態的現象の理解がより一層深まるのではないかと考えている。

日本生態学会