| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-A-007  (Poster presentation)

遊動的な有蹄類モウコガゼルの記憶・方位認識能力を用いた長距離移動の可能性

*伊藤健彦(鳥取大学), 今井駿輔(鳥取大学), Badamjav Lhagvasuren(モンゴル科学アカデミー), 恒川篤史(鳥取大学), 篠田雅人(名古屋大学)

モンゴルの草原を中心に生息し、広大な地域を移動する有蹄類モウコガゼルは遊動的だといわれている。遊動的な移動は降水量や植物量の季節変化や年変動が大きい乾燥地に適応的だと考えられるが、この移動戦略の成功には高い好適地探索能力と適切な意思決定が必要である。モウコガゼルの移動戦略と環境条件との関係の解明を目指し、モウコガゼル分布域の北部で2015年9月に4頭、2016年9月に7頭の成獣メスを捕獲し、GPS衛星電話システムによる4時間間隔の個体追跡を開始した。その結果、遊動的な移動が多いとの予想に反し、短期間の直線的な長距離移動が複数観察された。2015年9月に追跡を開始した2個体は、秋と春に移動期があり、冬と夏には比較的狭い範囲に滞在した。2015年秋には、11月下旬からの9.0±2.0日間にほぼ直線的に246.3±1.3 km(ともに平均±SE)移動した。移動の始点から終点への方角は179°と191°(北が0°、南が180°の東回り)だった。春の移動開始日と移動期間には個体差が大きく、2016年2月26日に移動を開始した個体は83日間かけて直線距離で269 km、5月3日に移動を開始した個体は16日間で312 km移動した。移動方角は27°と24°とよく似ており、どちらの個体も前年の秋に利用した場所付近に戻った。2016年秋には、移動開始時の位置が異なり、移動経路が最大で約130 km以上離れていた6個体が、11月5日から9日の間に移動を開始し、168から181°の方角に15.8±3.6日で直線的に190.3±33.9 km移動した。2年間、秋に同一方角に移動した個体の移動方角は両年ともほぼ真南(2015年:179°、2016年:178°)だった。直線的かつ、離れた場所や異なる年での似た方角への移動はモウコガゼルの方位認識能力を、同一個体が同じ地域に戻った事例は記憶の重要性を強く示唆する。本種は環境条件の予測可能性の低い地域に生息する動物のナビゲーション研究の対象として有効だろう。


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