| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-A-012  (Poster presentation)

ヤドカリの個体識別:記憶の中の相手の強さと現在の強さの不一致

*石原千晶, 寒竹悠子, 和田哲(北大院・水産)

動物の闘争において、個体がいかに勝てる見込みの低い闘争を避けているのかを明らかにすることは、長年の研究課題である。闘争回避メカニズムの一つに、優劣のついた相手と再遭遇した際に、劣位個体が攻撃性を低下させる「個体識別能力」がある。個体識別能力は、各個体の強さの長期安定性、すなわち「記憶の中の相手の強さが現在も維持されている」ことを前提として議論されてきた。しかし、これは本研究で扱うヤドカリを含む甲殻類には当てはまらないかもしれない。本分類群の代表的な武器形質である顕著なハサミは、個体の強さを決定づける一方、自切により短期間で失われることもある。そのため、再遭遇までに優位個体がハサミを自切した場合、再遭遇時の強さは「記憶の中の強さ」から大幅に低下し、勝てる見込みも上がるだろう。このとき、劣位個体は過去に構築した個体識別を破棄して、闘争を挑むだろうか?
 テナガホンヤドカリ Pagurus middendorffii のオスは、繁殖期にメスをめぐって闘争する。このオス間闘争において、右側のハサミ(大鋏脚) は勝敗を決する武器形質であり、劣位オスは過去に敗北した優位オスを個体識別できる。本研究では、大鋏脚のある状態で優劣関係を構築させた後に優位オスを操作し、再遭遇時に優位オスに大鋏脚がなく、強さに不一致のある「自切群」と、大鋏脚を保持したままの「対照群」との間で闘争行動を比較した。
 データの一部を解析したところ、自切群 (N = 31)・対照群 (N = 34) ともに、闘争の発生頻度は優劣構築後に低下したが、対照群と比較して、自切群の低下の程度は緩やかであった (自切群: 48.4% (15/31) から 35.5% (11/31); 対照群: 50.0% (17/34) から 8.8% (3/34))。発表の際には、その他のデータについても解析を進め、より詳細な報告をおこないたい。


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