| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


企画集会 T10-5  (Lecture in Workshop)

海棲生物の追跡指標としてのNd同位体比の可能性:海水バリエーションと固着性生物へのその反映

*齋藤有(総合地球環境学研究所)

生物の移動を追跡する指標として,ストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)が多くの研究に用いられている.しかしながら,海水中のSr同位体比は著しく均質であることから,その適用は陸棲生物あるいは遡河性の魚類に限られ,一生を海で過ごす生物には適用できない.一方,Sr同位体比と同様,地質に依存するバリエーションを持つネオジミウム同位体比,143Nd/144Nd(あるいはコンドライト値との万分率としてεNd)は,水塊によって値が異なることが知られており,海棲生物の棲息域の推定に利用できる可能性がある.しかしながら,Nd同位体比の生態学的研究への適用例は現在のところほとんどない.その海棲生物トレーサーとしての有効性を検証するため,東北地方三陸沿岸域を対象として,河川水,海水,および固着性生物である貝類体内のNd同位体比の地域変化と相互の関連を検証する研究を行った.青森県から宮城県の太平洋岸の14地点より採取した海水と貝類軟組織(イガイ,カキ),それらの地点の近傍に流出する河川下流より採取した河川水について,それぞれNd同位体比を測定した.その結果,貝類軟組織のNd同位体比はεNdで-6から1のバリエーションを持ち,その棲息場の海水の値とよく相関することが明らかになった(r=0.85).海水のNd同位体比は-8から1のバリエーションを持ち,近傍に流入する河川の水の値とよく相関する(r=0.72).河川水の値のバリエーションは-8から2と最も広く,流域の地質構成に強く依存し,中生代の堆積岩の比率が高い流域では低く,新生代の火山岩および堆積岩の比率が高い流域では高い.これらのことは,海棲生物である貝類体内に,後背地質に依存して変化する地点固有のNd同位体比が記録されることを意味し,Nd同位体比が海洋環境における生物トレーサーとなりうることを強く示唆する.


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