| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
自由集会 W08-2 (Workshop)
集団への個体の流入は直接的には個体数の増加をもたらす一方で、非適応的な対立遺伝子の頻度を増加させることで局所環境への適応を阻害し、分布域の外縁においては生息域の拡大を妨げる要因になると予想される。このような遺伝的な荷重は、移住荷重と呼ばれ、河川のように上流から下流への非対称な個体の移動が生じる状況では、より強くなると考えられる。河川性の巻貝であり移動性に乏しいチリメンカワニナ(Semisulcospira reiniana)について勾配の異なるいくつかの河川で下流側の分布範囲を調査したところ、緩やかな河川ほどより下流域まで分布していることが明らかとなった。このことは河川の勾配に応じた移住荷重が生息範囲の決定に関わることを示唆している。したがって、勾配の異なる河川内の集団構造や局所適応の痕跡を比較することで生物の生息域決定要因の解明に繋がると期待される。勾配が緩やかで本種の分布が汽水域まで広がる河川と、比較的急峻で分布が淡水域のみに限られる河川について行なった集団遺伝学的解析では、急峻な河川の集団において遺伝的分化が小さく、より頻繁な個体の流入が生じていることが推測された。これらふたつの河川では塩濃度への耐性が異なっており、緩やかな河川の下流域では塩水に対して高い耐性をもつことが明らかとなった。さらに緩やかな河川では集団間の遺伝子発現パターンが大きく異なり、多くの遺伝子で標高と相関した発現が認められた一方で、急峻な河川で相関が検出された遺伝子はごく少数であった。これらの結果は、移住荷重が局所適応を阻害し、種の分布域決定に関与することを示唆している。