| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


シンポジウム S06-3  (Presentation in Symposium)

ヒグマの食性の地域差と年次変動~大量出没の要因となる鍵食物の解明
Regional difference and annual variation of brown bear diet: as a possible factor driving human-bear conflict

*白根ゆり(北海道大学)
*Yuri SHIRANE(Hokkaido University)

 知床半島では、2012年および2015年にヒグマが人里に大量出没する事態が発生した。これらの年には出没数が8月に最も多く、痩せたヒグマや餓死したヒグマも目撃されたことから、晩夏(8月1日~9月15日)までの食物不足が大量出没の一因となったのではないかと考えられている。本研究は、知床半島におけるヒグマの食性の年次変動と地域差を明らかにすること、またその年次変動がメス成獣ヒグマの栄養状態にどのように影響するのかを明らかにすることにより、大量出没の要因となる鍵食物を特定することを試みた。
 まず、食性の季節変化と年次変動を明らかにするため、2012~2020年に半島先端部に位置するルシャ地区において3,057サンプルのヒグマ糞を採取し、その内容物を分析した。その結果、晩夏の採食量の平均22%をハイマツ球果が、23%をサケ科魚類が占めており、これらの採食量割合には顕著な年次変動がみられた。また、同地区において12個体のメス成獣ヒグマの栄養状態を調べた結果、晩夏のハイマツとサケ科魚類の採食量割合がともに低い年には、栄養状態が著しく悪化することが明らかとなった。さらに、これらの年は大量出没年とも一致していた。次に、食性の地域差を明らかにするために、2019~2020年に半島全域で採取した1,182サンプルの糞内容物を分析した。その結果、半島の先端部と基部ではヒグマが異なる食物を利用していることが明らかとなった。特に晩夏には地域間の差が大きく、ハイマツとサケ科魚類の両者を利用しているのは先端部のみであった。
 以上の結果から、知床の多様な生態系を象徴する食物であるハイマツおよびサケ科魚類が、ヒグマの夏期の栄養状態を左右することが示唆された。一方で、ヒグマが利用する食物には地域差があり、資源分布の偏りや資源量の年次変動パターンの差異が、人里に出没するヒグマの数や出没時期といった傾向の地域差を生んでいる可能性が示された。


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