| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
シンポジウム S17-2 (Presentation in Symposium)
長年我々は、ヒトと近縁な動物ほどより高い認知能力を持つと考えてきた。そのため、ローレンツの鍵刺激に代表されるように、魚類の様々な行動は「刺激反応系」によって統制されるとみなされていた。しかし、近年の魚類を対象とした行動学的・神経科学的研究の多くは、魚類が高度な認知能力とヒトとよく似た心的作用を持つことを示している。そこで本発表では、「認知進化生態学」研究を進めていく上で、魚類、特にカワスズメ科魚類が如何に優れた材料であるかを本科魚類の生態や複雑な社会・認知能力を絡めて概説した上で、向社会性(他者に利益を与える性質)に関する最新の研究成果を紹介する。カワスズメ科魚類は、アフリカ、中・南米、アジアの一部に生息する小型の魚類である。形態や色彩の多様性もさることながら、特筆すべきは、本科魚類が一夫一妻や一夫多妻、そして協同繁殖といった多様な社会を構築することである。そのため、高い知性は複雑な社会に対する適応として進化したという「社会的知性仮説」を検証するにあたって、カワスズメ科魚類は最適な研究材料であると言える。また、カワスズメ科魚類は人間的な「思いやり」を持つ可能性がある。私たちは、カワスズメ科魚類の一種コンビクトシクリッドに対して、霊長類における向社会性の有無を調べる方法である向社会的選択課題(以下、PCT)を実施した。その結果、実験下において自分だけが餌をもらえる反社会的選択肢よりも、自分と自分の繁殖パートナーの両者が餌をもらえる選択肢である向社会的選択肢を好むことがわかった。この結果は、これまで行われてきた霊長類を対象としたPCTの結果と非常に類似しており、脊椎動物のおける「思いやり」の起源が魚類まで遡る可能性があることを初めて示した研究となった。こういった研究成果を踏まえ、今後の魚類の向社会性研究を基軸とした認知進化生態学の展開、そして、その可能性について議論する。