| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


自由集会 W05-1  (Workshop)

トチノキをめぐる対立から地域知と科学知に基づく持続的利用へ
Overcoming conflicts towards sustainable use of horse chestnut based on local and scientific knowledge

*石原正恵, 坂野上なお(京都大学)
*Masae ISHIHARA, Nao SAKANOUE(Kyoto Univ.)

 栃の実は日本各地の農山村において重要な食料となってきた。しかし、農山村の過疎・高齢化により栃の実食の文化の継承が危ぶまれるようになってきている。一方で、いくつかの地域では地域活性化のための資源として栃の実が再び注目されている。京都大学芦生研究林では、研究林の設立された100年前より以前から地域住民により栃の実が利用されてきたと考えられる。一方、芦生研究林は原生的な天然林として貴重であり、研究や教育に活用され、森林の保全的管理も行われてきた。そのため、時には、地域住民による利用と、大学による利用や保全とが対立することもあった。
 こうした中、地域側は2017年より栃の実を使った地域活性化を模索するようになった。研究林側でも2018年より超学際研究プロジェクトが始まったのを契機に、科学的なデータに基づく管理と持続的利用を通じた地域知の継承、さらに大学教育・地域づくり・森林保全の両立を地域住民とともに模索しだした。
 地域住民が採取した量を報告してもらう体制をつくった。そのデータから2019、2020年の採取量は、トチノキ果実落下量の10%以下と推定され、生態系への影響は少ないと考えられた。一方、トチノキの稚樹や実生は調査エリア内で全く見られず、ニホンジカの過採食によりトチノキの更新が阻害されていた。栃の実の持続的利用にはトチノキの保全が不可欠であると考えられた。
 地域住民は世帯毎に栃の実の食用加工の方法を伝承し、地域としてまとまって採取や加工を行ってこなかったため、栃の実利用について共通認識を持つ機会がなかった。しかし、研究者が関わることで、住民相互の理解を深める契機となる可能性も示唆された。
 このように、地域住民と研究者が対話をつづけ、森や文化の存続に対する危機意識を共有し、採取や加工に関する現状把握を行ってきた。今後は、持続的利用に関する合意形成、協働の体制づくり、そして保全・教育・地域づくりへの活用が課題である。


日本生態学会