| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) G01-06 (Oral presentation)
コケ類の胞子は通常,風によって散布されるが,動物によって運搬される例もある.動物による胞子の運搬の一つに,消化を受けてから発芽する消化散布があり,一部のコケの系統および地域で散発的に報告されている.だが,コケ類の繁殖と分散に胞子食害が与える影響を,幅広い系統を対象に長期にわたって調べた例は過去にない.
本研究の目的は,どのような動物がコケ類(とくにセン類)の胞子体を摂食し,それらの胞子食者が散布に寄与しうるかといった,セン類と胞子食者の相互作用の実態を大きな時空間的スケールで解明することである.そこで,以下の3つを行なった.
(1)2020年10月から2021年11月にかけて西日本を中心とした16府県70地点において野外調査を行い,11目29科のセン類胞子体に食害を見出した.また,カマドウマ類やシャクガ類の幼虫,陸棲巻貝など6目の動物が胞子を摂食することを発見した.(2)カマドウマ類などに数種のコケ胞子体を与え,それらのフン内容物に含まれる胞子を培養し,原糸体の発芽率を調べた結果,発芽の有無は胞子食者とコケの種に応じて異なった.(3)胞子体のもつ蒴(胞子を格納するカプセル)を覆う「帽」は,胞子体を地表性昆虫などから保護する機能があるという仮説を検証した.コスギゴケの野外集団において胞子体の帽を除去する実験を行い,食害率を非処理区(帽を除去していない区画)と比較した結果,処理区では食害率が著しく高かった.
本研究では,西日本広域の温帯林において,林床で卓越するデトリタス食者(カマドウマ類など)が胞子を食べており,胞子の食害が多様なセン類においてよくみられる現象であることを初めて発見し,一部の胞子食者およびコケ種では消化散布が起きている可能性を示した.さらに,帽は動物からの食害に対する防衛として機能しうることを実証した.一連の成果から,コケ類の胞子体の進化には,胞子を食べる地表性昆虫などが影響を及ぼしている可能性がある.