| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) G01-08 (Oral presentation)
散布前の種子食害は、植物の防御戦略や繁殖戦略を駆動する選択圧として作用する。本研究では、種子食害圧の局所的変異が雄性両全性同株植物の性表現(雄花と両性花の比率)変異を引き起こしている可能性を報告する。
高山植物のハクサンボウフウ(セリ科)は、雪解け時期の異なる湿生草原に広く分布する多年生草本植物である。花序には両性花と雄花が混在し、その比率は生育環境によって変化する。雪解けの早い個体群では7月中〜下旬に開花し、雄花の比率が高く、発育中の果実はササベリガの幼虫に強頻度で捕食される。雪解けの遅い個体群では8月上旬以降に開花し、両性花の比率が高く、種子食害はまれにしか起こらない。ササベリガの産卵時期は7月中旬にピークとなり、8月以降はほとんど産卵されない。花茎が高く、両性花の多い花序に選択的に産卵する傾向があり、産卵数と種子食害率の間には強い相関が認められた。また、産卵数が同程度であっても、産卵時期が遅くなるにつれて種子食害の程度は減少した。気温低下に伴い、幼虫の活性が低下したためと考えられた。ササベリガの顕著な季節活性を反映し、捕食されずに散布できた種子数は、生育場所により大きく変化した。雪解けの早い個体群では、両性花の比率が増える程散布された種子数が低下するのに対し、雪解けの遅い個体群では両性花の比率が高まるほど種子生産は増大した。すなわち、両性花生産に作用する選択圧は、開花時期によって逆転し、種子食害圧の高い雪解けの早い場所では、ハクサンボウフウは両性花を減らし、雄花を多く生産する顕著な傾向が認められた。
本研究結果は、セリ科植物に一般的な雄性両全性は、種子食害圧に対する適応戦略になり得る可能性を示すものである。高山生態系に形成される局所的な雪解け傾度は、生物の季節性の違いを作り出し、高山植物の局所適応を引き起こす選択圧勾配として作用することが示された。