| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
シンポジウム S05-5 (Presentation in Symposium)
人獣共通感染症は感染ルートが多岐にわたるため、リスク管理には生態学的研究の基盤が必須と考えられる。一例として、トキソプラズマ症が挙げられる。トキソプラズマ症の病原体であるトキソプラズマ原虫はヒトを含む哺乳類や鳥類などほぼすべての温血動物に感染する。ネコ科動物を終宿主とし、感染ネコの糞中から排出される原虫は土壌や水中でも感染力を長期にわたり維持することが可能である。環境中の原虫を経口的に摂取するほか、感染動物を捕食/摂食することでも感染の成立となる。すなわち、トキソプラズマ症に対しては、ネコの糞処理法や飼育法に始まり、外ネコの餌となる小動物対策や畜産の感染症対策、肉の加熱方法にまで多岐にわたる対策が検討されうる。とりわけ水と土という環境を介して広がる性質から、生態系における感染ネットワークの解明が重要である。
南西諸島に属する徳之島は、希少生物が生息する森林を有しながら、畜産業が盛んであり、野生動物と家畜がともに多く近接して存在しているという特徴がある。島内の外ネコにおける調査で、トキソプラズマ原虫に対する抗体の保有率が47.2%と近隣島や国内各地と比べ高いことを確認した(Shoshi et al., 2021)。またクマネズミにおける抗トキソプラズマ原虫抗体陽性率について捕獲地の情報とともに検討したところ、牛舎を多く含む環境がネコ・ネズミの双方の感染率を高めていることが想定された。また、アンケート調査から牛舎ではネコの餌付けが頻繁に行われていることが判明しており、ヒトによる餌付けがネコのみならずクマネズミの密度を押し上げ、トキソプラズマ原虫の伝播が起こりやすい状況が生じていると考察された。今後、ヤギ、ウシ、イノシシなどの感染実態や、土壌や水中における原虫の有無および分布域等を総合的に解析し、徳之島をモデルとしたトキソプラズマ原虫の感染ネットワークを描出することを目標としている。