| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


シンポジウム S09-5  (Presentation in Symposium)

生産農学からみた農地の生物多様性の現状と未来
Current and future challenges for biodiversity in cropland: agronomist's viewpoints.

*加藤洋一郎(東京大学)
*Kato YOICHIRO(The University of Tokyo)

作物生産科学とは、様々な要因が作用する環境において行われる、人間の利用目的に向けた植物成長の制御に関する科学と言える。作物生産の利用目的は収穫物を対象とするのに対し、生態系の多様性を活性化するために作物を栽培するという視点は生産農学にはほとんど存在しない。ところで作物生産は、環境(E)、遺伝子型(G)と栽培管理(M)の組み合わせで決まるとする概念が良く用いられる。人間による制御を考えると、所与の環境(立地条件に伴う制約)に対して、遺伝子型改良(品種開発)と栽培管理改良の組み合わせで目的を達成してきたと言え、E×[G×M]と捉えるのが具合が良い。植物生産と生物多様性の高度な調和を生産農学から考えるとき、生物多様性をEの制約条件に含める、つまり生物的ストレスリスク(雑草害・病虫害など)として単純化することになる。対象栽培植物の解析のためには、生産制限因子は生物間相互作用が小さく観測が可能なもの、そして成長を司る具体的な要素(光や水、窒素など)に還元して解析できるのが最も都合が良い。これが、作物生産科学が生物的ストレスよりも非生物的ストレスを主に扱ってきた理由である。以上のような視点は、生態学あるいは生物多様性科学にとって異質に映るかもしれない。しかし、今日の社会が求めているのは農地における作物生産と生物多様性保全の調和を通じた持続的生産システムの実現である。農業の多面的価値と言う通り、両者で農地の利用目的が異なるため、システム的思考で生物多様性保全につながる生産環境をともに考えていくことが望ましい。繰り返しになるが、E(望ましい農地環境の特徴)が明確化されると作物生産解析は大いに前進し、生産性向上のための新たな方策が導出される可能性は高い。このためには、農地の生物多様性について(光や水、窒素などの)作物成長の制限因子に照らした観測技術と予測技術の確立が強く望まれる。


日本生態学会