| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
シンポジウム S12-2 (Presentation in Symposium)
感染症動態の理解には数理的アプローチが有効であり、古典的SIRモデルなど様々な数理モデルが解析されている。これらのモデルの多くは連続量としての集団サイズの動態を微分方程式で記述する決定論的モデルである。微分方程式のモデルはある手順を踏むことで集団サイズが離散量(非負の整数値)の確率論的モデルに拡張可能である。このような確率論的モデルは個体ベースのモデルであり、ごく少数の感染者が侵入した後に感染が流行せずに終息する確率や感染終息(感染者数がゼロとなる)までの時間分布などの定量的評価が可能となる。また個体に様々な属性(状態S, I, R、位置情報など)を付与することで、空間構造などを陽に考慮した個体ベースモデルへの拡張が容易である。
本研究は、古典的SIRモデルを点パターンダイナミクスとして確率論的空間個体群動態モデルに拡張するとともに、個体が感染してから回復するまでの時間が指数分布では無く単峰型の分布(具体的にはアーラン分布)に従う場合についてシミュレーション解析を行う。アーラン分布は形状母数kにより分布の形が決まるが(k=1が指数分布)、形状母数kが大きくなるほど空間上のより広範囲に感染が拡がることが明らかになった。感染が拡がる際の確率性がこの結果に関係していると思われる。
古典的SIRモデルにおける感染症動態の初期段階は単純出生死亡過程で近似できる。単純出生死亡過程は集団の絶滅確率(個体数がゼロとなる確率)を導出できるなどの利点があるが、個体は一定の死亡率(SIRモデルの回復率に相当)で死んでゆくので個体の寿命は指数分布することになる。この過程を拡張して寿命がアーラン分布に従う場合についても絶滅確率は評価可能であり、形状母数kが大きくなるほど絶滅確率は小さくなる。このことが、点パターンダイナミクスにおいて形状母数kが大きいほどより広範囲に感染が拡がる結果に関係していると思われる。