| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
シンポジウム S25-4 (Presentation in Symposium)
東南アジア地域の起伏が緩やかな沿岸部では,内陸部に向かって,マングローブ林,汽水湿地林,淡水湿地林,泥炭湿地林といった森林からなる自然植生の推移が見られる.その中でも,おもにインドネシア,マレーシア,およびパプアニューギニアにみられる泥炭湿地林は,季節的な冠水に加えて酸性で貧栄養という特異な環境や立地の不便さなどにより,長年開発の手を免れてきた.このため泥炭湿地林は,その環境に適応した多くの固有種の宝庫であると同時に,オランウータン等の希少種の避難所(レフュージア)として重要な役割を担ってきたといえる.さらに,地上部の森林だけではなく,地表に厚く堆積している泥炭(地下水位が高い嫌気的環境において,植物遺骸の分解が抑制され,数千年にわたって堆積・形成された有機質土壌)として膨大な量の炭素が蓄えられており,地球温暖化を抑制する上で重要な役割を果たしている.しかし近年,大規模農地開発等による泥炭地の劣化や減少により,泥炭湿地林はその機能を急速に失いつつある.とりわけインドネシアでは,開発による森林破壊だけではなく,それにともなって引き起こされる泥炭火災が,生態系の破壊のみならず,現地,および周辺諸国に煙害による健康被害をももたらしており,国際問題に発展している.
泥炭の堆積速度は1cm/年程度と極めて遅い上,泥炭地の排水と乾燥を起因とする土壌微生物の活性化により,泥炭は容易に分解される.泥炭湿地林の生態系は,泥炭の堆積とともに長い年月をかけて発達し,維持されてきたため,他の生態系よりも脆弱であり,撹乱による影響を受けやすいといえる.そこで本発表では,このように特異な生態系である泥炭湿地林の特徴ついて概観しつつ,その劣化や減少が泥炭地生態系に与える影響にについて考察し,さらに,近年,インドネシア政府も力を入れている泥炭湿地林の回復への取り組みについて議論したい.