| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
自由集会 W05-1 (Workshop)
スイレン(睡蓮、Nymphaea)は19世紀後半にヨーロッパで品種改良が始まり、花つきをはじめとする栽培特性のみならず、「美しい花」の探求のなかで多彩な品種が作出されてきた歴史を持つ。鑑賞価値向上を目的としておこなわれる選抜は「美的選抜」と呼ばれ、様々な園芸花卉や愛玩動物でおこなわれている。本講演では美的選抜で生じた園芸スイレンの花に対する形態評価手法および花形態の「デザイン」手法の研究について紹介し、特にゲノミック予測モデルと理論形態モデルを組み合わせた交配のシミュレーションについて論じたい。ゲノミック予測モデルとは表現型とマーカー遺伝子型の関係をモデル化したもので、これを用いてマーカー遺伝子型から花の形態的特徴を予測できれば、シミュレーションにより花形態を「デザイン」し、将来的には効率的な選抜によって思い通りに花を生み出すことも期待できるだろう。
また本研究でもちいる試料は、かつてベルエポック期のフランスでスイレンの品種改良を先導したナーセリSARL Latour-Marliac で取得されたものである。創始者のLatour-Marliacが育成したスイレンはモネの絵画『睡蓮』にも描かれており、本研究は植物学と美術史との接点を模索するプロジェクトでもある。すなわち、著名な美術作品の画題となるような園芸植物が、どのような過程で作出されたのか、そしてその背景にあった植物の遺伝子基盤と育種家達による試行錯誤の相互作用を解き明かそうとするものである。特に、マーカー遺伝子型情報を用いた集団構造の解析では、スイレンの品種が育種家ごとにクラスタに分かれる傾向が示唆された。こうした検証は、スイレンの育種史だけでなく、文化的価値の追求がもたらすヒトと植物の関係を理解することにつながる。