| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
シンポジウム S09-5 (Presentation in Symposium)
植物は光環境から自身の状況を感知して,形態や生理的特性を変化させる.このような性質を利用することで,植物の生産性を向上できる可能性がある.しかし,植物はその環境に順応するために光合成産物を戦略的に分配しており,その結果としてさまざまなトレードオフが生じる.本講演では,苗生産を事例にして,光環境によって生じる生態的トレードオフと植物の生産性の関係について,いくつかの事例を紹介したい.
蛍光灯など遠赤色光の少ない照射光下では,植物は強光順化に似た応答を示し,光合成能力やストレス抵抗性を向上させる.このことは苗の高品質化をもたらす一方で,展葉を抑制し,個体の成長を遅くする.これは,光合成産物の分配を質的要素に優先させた代償として,量的な成長が制限されるトレードオフである.苗生産において,このようなトレードオフが生じることは,高い品質と速い成長を両立させることが難しいことを意味する.
遠赤色光は,個体間の相互作用を介して個体群の構造にも影響する.高密度の個体群において,上層の葉に覆われた植物は,遠赤色光の割合の多い光を受けることで伸長成長を促進させる.このような競争を繰り返すことで個体の大きさは均一になる.しかし,過度な伸長成長は各個体の同化器官への光合成産物の分配を減少させ,ストレス抵抗性を低下させる.このことは,苗を高密度の個体群として育成した後に,個体として独立して移植する際には不利益となる.光獲得競争にともなう過度な伸長は,照射光の遠赤色光を減らすことで回避できる.しかしそれは個体間の対等な競争を妨げることになり,結果として苗の大きさが不均一になりやすくなる.
以上,トレードオフは,植物の戦略によって生じるものであるが,その戦略は植物生産で求められるものとは一致しないことがある.そのような場合,他の環境要因との複合影響によって光合成産物の分配を好適に促すことが重要と考えられる.