| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
シンポジウム S15-6 (Presentation in Symposium)
ニホンイヌワシ(Aquila chrysaetos japonica)は絶滅危惧ⅠB類に指定されている大型猛禽類で、環境省の保護増殖事業の対象種である。生息地と餌動物の減少により繁殖成功率が低下しており、ゲノムの多様性も大陸の亜種と比べて低いことが報告されている。飼育下で繁殖に成功しているつがいは少数で、原因は不明である。本研究では、脊椎動物の免疫反応を司る主要組織適合性複合体(MHC)遺伝子を解析した。MHC遺伝子は重複の多い領域である。飼育下の1個体のClass II領域の約15,000塩基をロングリードで解読し、他の亜種と比較した結果、コピー数に違いが見られた。また、多型の多いClass II領域DR exon 2の遺伝的多様性を野生20個体と飼育51個体で比較したところ、アリル数は飼育個体の方が多かった(Nararefied:飼育14.4、野生9.2)が、塩基多様度は同程度であった(π:飼育0.0567、野生0.0558)。この結果から、創始個体の遺伝的多様性が高く、次世代でも維持されていることが示唆された。また、MHC遺伝子は配偶者選択や繁殖行動にも影響を及ぼすことが報告されているため、MHC遺伝子の特徴と飼育個体の繁殖成績との関連を解析した。その結果、つがいのオス-メス間のMHCの遺伝的距離(アミノ酸の差異)と孵化率に弱い関連がみられ(p = 0.052)、胚の免疫機能や親の繁殖行動が胚の生存率を左右する可能性が示唆された。また、オスの年齢(高齢)と受精卵の割合(p = 0.005)や孵化の成否(p = 0.031)に負の相関が示された。これらの結果から、生息域内と域外間の遺伝的交流(野生個体の飼育下への導入と飼育個体の放鳥)を検討し、遺伝的多様性を維持する必要があることが示唆された。また、さらなる繁殖成功率の低下を防ぐために、MHC遺伝子の多様性を維持し、若い個体を繁殖に参加させる繁殖方針も重要であると考えられる。