| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第71回全国大会 (2024年3月、横浜) 講演要旨 ESJ71 Abstract |
シンポジウム S15-7 (Presentation in Symposium)
絶滅危惧種において、外的脅威の緩和・除去後も個体数が回復しない現象は、近交弱勢による適応度の低下が一因と考えられているが、対照的な動態を示しているのが小笠原諸島に固有のアカガシラカラスバト(Columba janthina nitens)である。アカガシラカラスバトは約67万年前に日本本土から約1000km離れた小笠原諸島に進出し、遺伝的・生態的に分化した森林性の鳥類である。人為インパクトにより、2008年には個体数が数十羽まで減少したが、外来の捕食者であるノネコを除去した3年後には目撃数が約9倍に増加した。本研究では、アカガシラカラスバトにおいて個体数の増加が妨げられるほどの深刻な近交弱勢が生じなかった理由を明らかにするために、アカガシラカラスバトと日本本土周辺に広域分布する亜種カラスバト(C. j. janthina)について比較ゲノム解析を行った。アカガシラカラスバトでは、ゲノムの約8割の領域が近親交配によって自己接合しており、サイレント変異数に対するナンセンス変異数は、カラスバトの半分以下だった。近親交配が進んでいたにも関わらず、個体数の増加を抑制するほどの深刻な近交弱勢が見られなかったのは、ゲノム内に蓄積された有害変異が少なかったからであると考えられる。小笠原諸島へヒトが入植した頃のアカガシラカラスバトの有効集団サイズは約700個体と推定された。森林面積が100km2ほどの小笠原諸島に小集団として数十万年間にわたって隔離される中で、緩やかな近親交配によって、ゲノムから有害変異が除去されたと考えられる。