| 要旨トップ | ESJ54 一般講演一覧 | 日本生態学会全国大会 ESJ54 講演要旨


一般講演 P1-068

枯死木の幹円板から再現した知床半島における過去200年間のシカによる樹皮剥ぎ履歴

*石川幸男(専修大道短大),山中正実,橋本勝,熊本将志,野別貴博(知床財団),長谷部真(日本工営)

1980年代以降に急増したシカの採食圧によって、知床半島においては植物の種の分布、植生の分布と構造に大きな影響が生じている。過去のシカ個体群密度の推移と植物や植生の状況は、世界遺産である本地域におけるシカの保護管理計画の策定に際して重要な情報となる。シカは半島内でいくつかの越冬地に集中して冬を過ごし、最大の越冬地である先端部の岬地区では100/平方kmを超えている。これら越冬地では冬の終わりから春先にかけて樹木の樹皮剥ぎが著しいので、近年十数年に発生した全周剥ぎで枯死したニレ属(ハルニレとオヒョウ)とイチイの幹から円板を採取し、材に残された過去の樹皮剥ぎ状況を調査した。

半島中部斜里側の幌別・岩尾別地区で採取した62個体の最長齢はニレ属で369年、イチイで343年であった。一方岬地区で採取した26個体ではニレ属で219年、イチイで269年であった。樹皮剥ぎはニレ属においては主に直径20cm未満の時期に集中していたが、イチイでは明瞭な傾向は見られなかった。

両地区で確認できた個体数が共に10個体を超える1790年代以降について、樹皮剥ぎの見られた個体の割合を検討したところ、どちらでも1800年代の前半に樹皮剥ぎ個体の割合が20〜30%に達するピークが見られた。その後はごくわずかに見られるだけで、明瞭な傾向はなかった。

以上より、両地区で確認された最長齢個体が定着して以降は、樹皮剥ぎの選好性が高いこれら1属と1種のほぼ全ての個体が全周剥ぎで枯死している現状ほどには、シカ密度が高くはなかったことは明らかといえる。特に10個体以上を確保できた1790年以降の約200年間では、1800年代の前半にやや密度の高い時期があったものの、その後はごく低密度で推移したものと思われる。

日本生態学会