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一般講演 P1-111

下北半島の猿害問題における農家の被害意識の重層的構造

*鈴木克哉

近年,野生動物と人間活動との軋轢が世界各地で問題になっており,獣害管理の分野が発展しつつある.しかし日本では,加害動物による食害量の軽減手法に関する技術的側面のみが注目されがちであり,被害農家の意識構造やそれにかかわる社会的要因について考察されることはほとんどなかった.

本研究では,下北半島の北限ニホンザルが引き起こす農業被害問題を題材に,農家の被害意識構造と,それにかかわる社会的要因,または被害意識の変容過程を,長期間の聞き取り調査により明らかにした.その結果,現在の地域農業が経済的な価値観よりはむしろ,精神的・社会的価値観に支えられていること,加害種であるサルに対しては,否定的感情だけでなく肯定的感情を含めた多様な価値観を抱いていることが明らかになった.これらの要因により,被害農家は猿害に対して許容を伴う重層的な被害意識を形成していた.一方,同一発話者の発言内容の変化を分析した結果,発話相手に対する立場や被害状況の変化により,被害認識に差が見られ,住民説明会や行政・第3者への発言では,重層的な被害意識の負の側面のみが表出されることが明らかとなった.特に害獣であるサルが「天然記念物」として保護されている現状が,負の被害感情を強調化させる要因になっていることが示唆された.

本研究で,農家の重層的かつ可変的な被害意識の存在が明示されたことは今後の獣害管理に重要な示唆を与えている.被害意識とは,実質的な被害量の増減と必ずしも直線的な相関関係にあるのではなく,加害動物種に対する価値観や自らの農業に対する価値観,あるいは他利害関係者との関係性など多くの社会的要因によっても形成される.獣害の総合的な解決にむけては,すべての地域に画一的な管理手法を用いるのではなく,被害者の意識構造とそれにかかわる社会的要因をも考慮し,それぞれの地域社会に適した軋轢軽減手法を実施しなければならない.

日本生態学会