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一般講演 P1-205

北極の氷河後退域で、植物体中の窒素・炭素同位体比は一定に保たれている

*久米篤(富山大・理), 別宮有紀子(都留文科大学), 半場祐子(京都工芸繊維大),中野隆志(山梨県環境科学研究所),神田啓史(国立極地研究所)

極域においては,植物の成長は光競争以外の様々な環境要因によって制限されている。貧栄養で保水力の乏しい未発達な土壌も重要な要因である。北極,ニーオルスン,東ブレッガー氷河後退域では,遷移の進行とともに土壌含水率は10 % から140 %,土壌窒素濃度は0.02%から0.85%まで増加し,それとほぼ比例して植被率も増大していた。一方,各遷移段階サイトにおける平均炭素同位体比(δ13C)は遷移段階によらず一定で,群落光合成における水利用効率も一定と考えられ,地表面からの蒸散量は土壌含水率にほぼ比例して増大すると考えられた。一方,δ13Cは種とその生育形によって違っていた。例えば,Saxifraga oppositifolia (ムラサキユキノシタ)は遷移の初期から後期段階まで幅広く分布しているが、匍匐型とクッション型の2つの生育形を取る。δ13Cの値は生育型の違いによって常に2‰程度の差があったにもかかわらず、その値は遷移段階によらずほぼ一定であった。また,葉内窒素濃度も,種毎にほぼ一定の値を示した。

各遷移段階別では,土壌窒素濃度だけではなく,土壌窒素供給量も異なっていることが予想される。遷移段階の変化に伴い,土壌中の微生物バイオマスの量,土壌呼吸,C/N,土壌動物組成など様々な要素が変化している。これらの変化は,土壌中の窒素循環過程や分解プロセスが量的・質的に大きく変化していることを示唆している。それにもかかわらず,葉内N濃度やδ13Cなど地上部の植物体の生理生態学的特性が変化していないという結果は,氷河後退域の植物が,土壌環境の変化によらず,水利用効率と葉内窒素濃度を一定に保つように成長していることを示唆している。

日本生態学会