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一般講演 P3-079
キタホウネンエビ Drepanosurus uchidai (Kikuchi, 1957) は体長が2 cm程度の淡水性甲殻類である。本種は、春の融雪水が窪地に溜まった一時的な水域(以下、「融雪プール」)に生息する。融雪プールは、年ごとに水量や湛水期間が異なるほか、過去に報告されていた融雪プールが消滅した事例があるなど、安定な生息環境とは言えない。そのような特異な環境におけるキタホウネンエビの生活史戦略を明らかにするため、1998〜2002年に北海道石狩海岸に面するカシワ林において融雪プールの環境調査とキタホウネンエビの生態調査を実施した。
融雪プールは3月下旬から4月中旬に形成が始まるが、融雪プールの形成後すぐに幼生が確認されたことから、本種は融雪の比較的早い段階で孵化しているものと考えられた。幼生は1日あたり約0.7 mmの速度で成長し、約2週間で体長が約10 mmとなって雌雄の区別がつくようになった。更に、その後は1日あたり約0.3 mmの速度で成長しながら、1週間程度でメス個体は抱卵を開始し、2週間程度産卵を続けて死滅した。融雪の時期や融雪プールの水量が異なっても、キタホウネンエビの成熟・生存期間に顕著な差が認められることはなかった。
キタホウネンエビの成熟には最低でも3週間以上の湛水期間が必要と推定されたが、融雪プールの持続期間はこれよりも短いことがしばしばあった。夏期の調査から、融雪プール部の地表面にはキタホウネンエビの卵が多数あり、そのうち1年に孵化するのはごくわずかだと推定された。多くの卵は翌年以降に孵化する可能性があると考えられ、本種は孵化率の低い卵を多産することによって不安定な環境に適応しているものと考えられた。