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一般講演 P3-112

トリコームの集団内多型は適応的か?

川越哲博(神戸大・理・生物)

植物の被食防衛は適応度に大きく影響するため、強い自然淘汰が働いて防衛形質の遺伝的変異は減少すると予想される。しかし野外集団では防衛形質の遺伝的変異(多型)が観察されることも多い。なぜ強い淘汰が働く防衛形質に多型が存在するのだろうか? 防衛形質にコストとベネフィットがあり、それらが時間的・空間的に変動するならば、集団内に多型が維持されると予想される。アブラナ科多年草ハクサンハタザオにおいては、防衛形質の一つと考えられているトリコームを作る株(有毛株)と全く作らない株(無毛株)が共存している集団がある。トリコーム多型は1遺伝子の変異による単純な遺伝様式を持つと考えられ、防衛形質のコスト・ベネフィットの変動を追跡する野外調査や様々な実験を行う上で都合が良い。そこで、ハクサンハタザオのトリコーム多型集団において有毛株および無毛株を食害する昆虫の数、食害の程度、果実生産数を調べた。2年間の野外調査の結果、開花時のトリコーム多型(花茎上のトリコームの有無)は植食昆虫の数と果実数に影響しなかった。果実生産に最も大きな影響を与えたのはダイコンサルハムシによる花芽・茎頂の食害であったが、トリコームの有無は花芽の防衛に関与していなかった。ハムシを植物上に放して食害の影響を調べた室内実験でも、トリコームの有無は花数(適応度の指標)に影響しなかった。食害をさせなかった場合でも有毛株と無毛株で花数に差はなく、トリコームのコストも検出されなかった。したがって、トリコームの集団内多型は中立変異なのかも知れない。またはトリコームのコストとベネフィットが環境依存的に表れる可能性もあり、植食昆虫相やその他の環境条件の変動も考慮した長期的調査を継続していく必要がある。

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