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公募シンポジウム講演 S04-4

上関原子力発電所予定地での詳細調査の生物多様性への影響

加藤 真(京大院・人環)

瀬戸内海はアジアで最もすぐれた自然景観を持つ内海の一つであり、波浪の影響から守られている一方で、潮汐流による水循環が保証された海域でもある。また、河川水の流入の影響が強く、冬は特に水温が低下し、冷水性の生物が遺存的に数多く残っていることも大きな特徴である。瀬戸内海を縁取る海岸線は複雑で、多くの内湾を擁し、そこにはかつて広大な干潟や藻場が存在していたが、その多くは埋立や浚渫によって失われている。また、潮流によって砂が浅瀬に堆積した堆(州)は、ナメクジウオやイカナゴが発生する特徴的な場所であったが、海砂採取によって堆の多くが失われた。イカナゴを起点し、タイやアビ類やスナメリへと続く食物連鎖と、そこに介在した伝統的漁撈(鳥つき網代とスナメリ網代)は、瀬戸内海の自然を象徴するものであった。瀬戸内海固有の生態系と生物多様性が次々と失われてゆく中、それを最も色濃く残しているのが周防灘である。

周防灘の入口付近に位置する長島には現在、中国電力によって上関原子力発電所が計画されている。莫大な出力を持つこの原子力発電所から排出される温排水は、イカナゴに代表されるような冷水性生物に深刻な影響を及ぼすと考えられる。アメリカ西海岸では、火力発電所の温排水が、水温に敏感な海藻の大量枯死をもたらし、その結果、海の生物群集が劇的に変貌してしまったと報告されている。

中国電力はずさんな環境影響調査を積み重ねた上に、生態学会からの要望書を十分顧みることなく、詳細調査に踏み切った。発電所建設予定地周辺の陸域と海域でボーリングを行なったが、陸域でも海域でも汚濁水を流出させている。汚濁水流出後、岩礁域ではカサシャミセンやケガキの大量死が観察された。上関原子力発電所がもし建設され、稼動すれば、瀬戸内海の生態系と生物多様性は決定的な影響を被り、世界遺産にふさわしい内海の再生の道が閉ざされることになるだろう。

日本生態学会