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公募シンポジウム講演 S13-5

個体群生態学の理論から

渡辺 守(筑波大学大学院)

チョウに関する保護・保全活動を評価するための基礎的データとして、成虫の数を如何に推定するかは重要な問題である。現在の所、野外において成虫の個体数を推定するには標識再捕獲法が唯一の方法といえるが、方法論の理解が不十分であるとともに、技術力の低さなど、事前に解決すべき課題は多い。教科書的な前提条件(標識個体と未標識個体の間で捕獲率や死亡率に差はない、調査中に大きな個体数変化はない、放逐された個体は未標識個体と完全に混じり合う、雌雄は別々に解析する、等)に加えて、チョウ独自の工夫も必要である。たとえば、羽化期は斉一でないのが普通なので、捕獲した個体の羽化後の日齢は推定しなければならない。飛翔中に捕獲した成虫に標識を施し、体長などを測定した後、そのまま手を離せば、捕獲されたことで興奮したチョウは、いきなり舞い上がる。上空にはたいてい風があるので、彼らはそれに乗って流されてしまい、もとの個体群に戻ることはないので、放逐前には麻酔が必要である。しばしば、標識を施した個体が思わぬ遠方で捕獲され、長距離移動の証拠とされることがあるが、その種本来のもつ強力な移動力の現われなのか、捕獲−標識−放逐という操作による結果なのか、比較検討された例はない。一方、比較的簡便なライントランセクト法では、成虫の飛翔空間となる植物群落のモザイク性や垂直構造が考慮されず、調査対象範囲の設定根拠は常に曖昧であった。また、我が国では、両者の方法で得られたデータの関係について、吟味されたことがない。本講演では、標識再捕獲法とライントランセクト法の長所と短所を紹介する。次に、前者から推定される絶対的な個体数と、後者から得られる相対的な個体数の関係とその解析の具体例をヒヌマイトトンボで示し、これらの方法をチョウの成虫に適用する際の様々な問題点を指摘したい。

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